10月某日、オンライン上に集合した『読書のいずみ』委員(通称:いずみ委員)。「冬」というキーワードから連想されるのは「恋」、「恋の歌(短歌)」
―― ということで、自作の短歌を持ち寄って感想を言い合う「歌会」を開いてみました。『izumi』で短歌にまつわるコラムを連載していた卒業生の杉田佳凜さんも参加してくださいました。
齊藤:本日の司会を務めます。いま、皆さんのお手元には、誰が詠んだかわからない状態で、集まった歌の一覧があります。順番に、指名された人が口火を切り、それから自由に発言していきましょう。まず「恋の歌」というテーマで集まった歌から。
「恋の歌」
①オレンジのパーカー夕陽に溶けてく白い繊維は君の残り香
中川:オレンジのパーカーを着ている「わたし」と、白い服を着ている相手。別れた後に白い繊維を見て思い出しているのを、残り香と表現しているのが面白い。あと、「溶けてく」の字足らずがいい感じ。
杉田:オレンジのパーカーを着ているのは相手のほうかなと思った。自分の服ってそんなに意識しない。少し遠くにいる相手が夕陽に溶けていくようだったのではないか。
②「ああロミオ、どうしてあなたはロミオなの?」
(……今まで考えたこともなかった!)
杉田:丸括弧の中がジュリエットか、第三者なのか。いずれにせよ納得感と勢いを感じて、こんなロミオだったらハッピーエンドになったのではないかと思う。
古本:演劇部の人が演じていて気づいたということではないか。
齊藤:ロミオがジュリエットに対して驚きを感じるというのは、恋をすることの本質な気がする。
③君の見る顕微鏡のその奥の
シロイヌナズナを知りたい二月
古本:シロイヌナズナは、DNAのゲノムの解析が完全に済んでいる。だから「君」のことをDNAレベルで知りたいという、変態的な解釈をしてしまったんですけど。
徳岡:三浦しをんさんの『愛なき世界』(中公文庫)という小説を思い浮かべた。植物を研究する女の子と料理人を目指す男の子の物語。
杉田:顕微鏡って一人しか覗けない。見ている先が違うことが印象づけられている。これから頑張るということかな。
中川:「君」になっちゃいたい、それくらい一緒になりたい、その人の目線で物を見たいというくらい深みにはまっている。
④文通に 萌すおもいの 丈のびて
隣のまちから 宛名なきふみ
徳岡:ひらがなのやわらかい雰囲気が好き。植物がぐうんと伸びていくイメージ。
高津:文通というのが素敵。「宛名なき」というのは、自分が書かなかったのか、来た手紙に宛名がなかったのか、どちらだろう。
杉田:文通では宛名があるのが普通だから、「宛名なき」は何か変化が起こったことを想像させる。最初は恋愛感情なくはじまった文通から、相手のことを意識するようになったのかも。
⑤瞳よりまぶたが見たい
弓形に並んだまつげを数えてみたい
高津:目をつむっている顔って、なかなか見る機会がない。特別な存在になりたいという思いが込められているのかな。
中川:まぶたが見たい、のところでいったん切れて、「弓形」で始まる。そのまま読むと「弓形」って何のこと? と先が気になり、ぐいぐい読める。
徳岡:愛だな、と感じた。まつげを数えてみたいっていうのは、ずうっと見てるってことで、それだけ好きなんだなと思った。
古本:恋人と仲良くなると、正面じゃなくて横にいるようになる。「弓形」ってことは、まぶたを横から見ているのではないか。
⑥うっとりとうっかりは似て醒めてなお明るい春の日の一目惚れ
齊藤:ひらがなの弾むような言葉で始まり、春の日で終わる。鼻歌を歌いたくなっちゃうような機嫌のよさを感じる。「うっかり」や「醒めて」から、一目惚れしたけどちょっと違ったな、という状況を想像した。本来それは残念なことなんだけど、ポジティブに歌っている。
徳岡:春眠暁を覚えず、という言葉があるように、のんびりした春の雰囲気と、うっとり一目惚れをしてしまうことが合っている。
中川:素敵な人を「うっとり」見ていて、気づかれそうになって、「うっかり」見ていてしまったことに気がつくということかも。それでもなお「明るい春の日」というので、全体的にハッピーな雰囲気。
「恋の歌」詠み人:
①徳岡柚月/②中川倫太郎/③高津咲希/④古本拓輝/⑤齊藤ゆずか/⑥杉田佳凜
いずみ委員
「自由詠」
齊藤:それでは、テーマ自由で詠んできてもらった歌についても紹介しましょう。
⑦いつの間に物干し竿に食らいつく
季節外れの白い朝顔
徳岡:朝顔って身近な植物でもあるし、つるがどんどん伸びるところからちょっと怖い感じもする。「食らいつく」という表現からは、楽しいホラーのようなものを感じる。
中川:自然の力強さを感じた。
杉田:自分は思いがけないことに遭ったハッピーな歌として読んだ。白い朝顔って珍しい。
古本:僕はノスタルジックな歌だと思った。子どもが巣立ったあとの母親目線なのかなと。昔植えた朝顔のことを思い出している。
⑧よひ醒めて ぐい呑みにうつるおぼろ月 しとねは空 春をちびちび
中川:縁側か軒先に出て、お酒にうつった月を見ている。そうすると、月が夜空を下に寝ている感じになり、視点が変わる。「春をちびちび」を最後にもってきたのも好き。
高津:春を全身で、五感全部で感じようとしている。
杉田:しとねはうつろ、と読んだので、自分が寝ているはずの布団が空っぽということだと思った。
徳岡:「春はちびちび」わたしも好き。主人公のしとね自体が空に浮いているのかも。浮遊感がただよう歌。
⑨真夜中のヘッドライトで水位増す
海の底です彼女のしたい
古本:彼女の「したい」は死体、なのかなと思った。亡き人、海に還ってしまった人に会いたいということではないか。
杉田:ヘッドライトは車のものを想像した。夜に車で人通りの少ない道路を走っていると、海の底にいるような感覚になる。ひらがなでぼかしているので、言いにくい言葉のうしろめたさを軽くしているのかも。
⑩錆生えしカラシニコフの把の杢目
爪でなぞりつたどる故郷
高津:カラシニコフは自動小銃のこと。錆が生えているとあるので、年季が入っている。主人公は昔兵士だったのかも。荒れ果ててしまった故郷に帰るところ。
杉田:銃としてはもしかしたらもう機能しないのかも。それは故郷をたどる主人公の気持ちとも絡み合っている。
齊藤:錆が生えたというので、しばらく使っていない。機能としてはもう必要ないカラシニコフだけど、主人公にとっては故郷に帰るときに持って行きたくなるものでもある。
⑪ひとりにてゆでた白玉においたち
月はほんとはいつでもまるい
杉田:好きな歌。当たり前のことを言っているので、ともすればありきたりになるが、この歌でははまっている。上の句の孤独さを下の句で励ましている。
高津:見えてるものだけがすべてじゃない、と言われている気がした。日常の光景を詠んだ歌なのに、どきっとさせられた。
古本:白玉にも甘いにおいがほんのりある。ひとりでいるからこそ、鋭く気が付くことができる。
⑫生きるのは得意で暮らすのは苦手
微妙な出来の焼きそば食べる
齊藤:まさにこれ、自分のことなんじゃないのって思う表現をばしっと決められた。生きるのに最低限のことはできるけど、暮らしとして良いのかと言われたらそうではない。
古本:僕もこの歌すごく好き。難しい言葉や比喩なしに、直接響いてきた。この人の生活が想像できる。
徳岡:たくさんの人が自分に引き寄せて読める歌。暮らすことへのあこがれはあるけど、とりあえずは生きられたらいいや、という強さを感じる。
齊藤:これで一通りの歌の感想を話し終わりました。最後に自分の歌を明かしてください……。
※詠み人は、各章の最後にご紹介しています。
ということで、歌会のレポートでした。ここで紹介しきれなかった歌もあり、歌会は初めてだったけど楽しかった、という声を聞けて、司会としては感無量です。本から着想を得た歌もあり、今度は本を下敷きにした歌をテーマに歌会をやってみたい! という密かな希望も生まれました。
「自由詠」詠み人:
⑦高津咲希/⑧古本拓輝/⑨徳岡柚月/⑩中川倫太郎/⑪齊藤ゆずか/⑫杉田佳凜