「冬」のショートショート

特集「冬」記事一覧


 

冬は足跡

手賀梨々子(慶應義塾大学4年生)

 

 冬は足跡。俺の住む町は雪国だ。時には学校が休みになるほどの大雪が降る。休校はラッキーだが、閉ざされた家の中はとても暇だ。閉塞感から解放されるために散歩に出かけることにした。
 市内を流れる川沿いに堤防を歩くのが、ほどよい冬の散歩コース。雪道に、いろんな足跡。これは犬との散歩だな。この人転んだのかも。先に歩いた者のことを想像する。ひとり歩く散歩道にイメージが浮き上がって、にぎやかな散歩になる。雪をぎゅっと踏みしめる音も、好きだったりする。お、なんだこれ。鍵落とすなんて、ドジだなあ。うちの中学の創立50周年記念ストラップが結びつけられていた。うちの中学の生徒……? それにこの色が配布されたのは、俺と同じ2年生だ。また雪が降ってきたら、この鍵は埋もれてしまうだろう。面倒だけど、持ち主を追いかけるか。まだ近くを歩いているといいんだけど。
 長靴で重い足を持ち上げながら、早足で足跡を辿る。ここで、足跡が二手に分かれた。どっち? 直感で。いや冷静に。小さい方の足跡を選んだ。もう片方は自分よりも大きい。同級生の中でも身長が高い自分より大きな足跡だとは考えにくい。分かれ道から5分くらい経ったな。高架下に入ると黒い地面が顔を出している。その向こうはまた白い雪道。小さく後ろ姿が見えてきた。堤防の並木の桜10本くらい先。あっちも歩いているから、早めに呼び止めたいところだ。ここから叫んで、届くかな。乾燥した喉から精いっぱいの声を張り上げる。「お〜い」振り返らない。声が銀世界の中に溶けていく。「お〜い! みずいろの〜コ〜ト〜!」白い顔が振り返る。「か〜ぎ〜」手をひらひらさせると、水色のコートが近づいてきた。桜の木3本くらいの距離になると、顔が認識できた。あ、清原だったのか。同じ図書委員で、今月の『枕草子』企画の冊子を一緒に作成している女子。今日、俺はずっと清原の足跡を辿っていたのか。「藤原くん、ナイス!」冬は足跡。


 

私の長い冬の話

徳岡柚月(京都大学大学院)

 

 冬は繭。白くてもこもこの、布団みたいな。あれに包まれて、私はずっと冬の中を生きてきた。
 あの中にいると、あったかいんだ。頭がふわふわする。目は見えるし、触覚もあるけど、なんか変な感じがするの。誰かの夢の中にいるみたいな。私ってちゃんと存在してる? この世界って本物? あぁ、つまり、「生きてる」って実感がないんだ。
 でもね、外って寒いじゃない? ずーっとあったかーいとこでふわーといるのって、楽なんだよね。私一人のやさしい楽園。
 授業中は教科書読んで、休み時間は小説読んで、放課後はすぐ帰って部屋で漫画読んで。一言も喋らない日とかざらにあって。
 でも別に、本読んでれば楽しいし。本開いたら、どんな世界にも行けるから。私はこれでいいの、これがいいのって。

 ほんとは、怖かっただけのくせにね。

 昼休み、いつも通り一人でお弁当食べてたら、近くの男の子たちの話が聞こえてね。
「お前いっつも自信満々よな。自分のことめっちゃ好きやろ?」
「まあな、だって自分のこと好きじゃないとやってけんくない?」
 あ、そうなんだって思った。その子たち、クラスの中心にいるような子だったんだけど、そんな子たちも普通にその場所にいるんじゃなくて、色々抱えた上で、それでも頑張って、好きな自分になって、世界で生きてるんだよなって。なのに私は人と向き合うのが怖くて、自分を否定されるのが怖くて、自分を出すのが怖くて、自分で作った繭に籠もって。これじゃ自分のこと好きになれるはずないよね。情けなくってさあ。いい加減繭から出なくちゃって。まだ完全には抜け出せてないんだけど。

「ふーん。弾丸アフリカ弾き語りライブ決行しようとしてる底抜けのやべー奴だとばかり。まあちょいちょい梅干しみたいな顔してるよね、うわっ、ごめんって!

 でも、知ってた?
 あの冬の白い繭は抜け殻なんだよ。
『あったかい』も『怖い』もこの世界への実感だ。
 君はずっと、ウジウジしながらも外の世界で生きてたんだ。

 だから大丈夫だよ、行ってらっしゃい」

 私の春の始まりの話


 

ひいらぎ家のにちじょう。

古本拓輝(千葉大学4年生)

 

 冬はみかん。
 雪がしんしんと降りつもり、夜は長く、朝は短くなりました。必然、家にこもる時間は増えてきます。だけど悪いことばかりではないのかもしれません。寒い空気が部屋中を支配してしまうから、まにまに、みんな、こたつへ吸い寄せられています。ほら、いつもツンツンした態度をとっているニャア子も暖をとりにきましたよ。これで、一家団欒のできあがり。
 さて今宵は、一月のふわりと柔らかい雪で庭が白む午後九時の、ある一部屋の、こたつの上で盛り上がっているお話を聞いてみましょう。
 
「パパ、ヒゲすごいことになってるよ、ぷぷ」
「お前もいうようになったじゃないか。この前まで青い小むすめだったのになあ、母さん?」
「お父さんたら、人のこと言えないわよ。私たちなんて皮にハリもなくなってきたじゃない。」
「パパもママも、食べごろを過ぎちゃってるのよ。わたしは今が一番食べごろなんだから。みんなウチのことをもの欲しそうに見つめてくるのよ。ニャア子には嫌われてるけどさ。」
「お父さんのヒゲもそうだけど、あなただってギラギラのつけまつげしてるじゃない。誰に描いてもらったのよ」
「はあ、お母さんの顔がうらやましいよ。すごく細やかで、性格をそのまま表してる感じだもん」
「そう考えると俺たちの顔ってうまく個性が表れてるよな。おれのぶつぶつなヒゲもガサツな性格が出てる」
「でもさー、自分のみかんを食べられないようにするためにウチらの皮に似顔絵を書くのって面白いよね。名前書けばいいだけなのに」

 ガチャリ
 玄関の開く音がします。
 どうやらお子さんが高校から帰ってきたようです。台所から、おかえりーというおっとりした声が響きます。
「わたしのみかん、パパが勝手に食べたりしてないよね?」
「まだあるわよ、お父さんに似てあなたも欲張りなのね」

 柊家の一日を覗いてみましたが、どうでしたか。あなたの家であなたの知らない会話がささやかれているかもしれませんね。

 
 

白い息

後藤万由子(名古屋大学5年生)

 

 冬は白い息。
 夜ご飯を食べ終わり、私が皿を洗っている後ろで、たま子はいそいそとコートを着ていた。
「じゃあお母さん、少し家の周りをぐるぐる歩いているね」
 そう言うと、娘は懐中電灯を片手に勝手口から出ていった。このように、夜に娘とウォーキングをするようになってから、もう三年ほどたつ。よくもまあ、こんなに続くものだ、そう思いながら、皿に付いた泡を落とすために蛇口を捻ると、冷たい水が出てきた。
 三年前、大学に入学するなりコロナで授業がなくなり、たま子は暇を持て余すようになった。しかし、そこから気分が落ち込むわけではなかった。
「そんなに暇なら散歩にでもいったらどう」私のこの提案で、たま子は散歩、いや、ダイエットに精を出すようになったのだ。たま子はそれまでぽっちゃりがトレードマークのようなものだったが、みるみるうちにスレンダーになっていった。そこから、努力をしてそれが実を結ぶ、という過程にはまったのか、 色々なことに挑戦するようになった。
 高校に入って中断したピアノを再開したかと思えば半年もすると難しい曲を弾きこなすようになった。高校までは私に二つ結びをしてもらっていたのに、いつの間にか編み込みも器用に自分でするようになった。最近は英会話の勉強も頑張っている。
 放っておけば、ずっとぼうっとしている子供だったのに。なんだか、自分の娘じゃみたいだ、と思うようになった三年間だった。
 一年前、就活中のたま子の口から県外の企業の名前が出てきたことがあった。娘は遠慮がちな目をしていたが、気づくと私は、好きなところに行けば良いよ、と言っていた。
「何、たま子。私がずっと地元に残ってほしいと望んでいる、とでも思っていたの」笑いながら私は言った。しかし一方で、自分に言い聞かせているような、変な気分になったものだ。
 皿を洗い終え、さて自分もウォーキングに合流するか、と家を出た。冷たいキンとした空気が頬を刺した。田舎の、寒くて空気の澄んだ日は星がよく見える。しばらく星を眺めていたが、しかし、いくら待ってもたま子はやってこない。
 このままたま子は来ないんじゃないか、ふと、そんな考えがよぎった。しかし、角から、見慣れた人影が見えた。ときおり吐く息が白く、それがはっきりと見えた。
「たまちゃん、どこ行っていたの」
「ごめん、もっと広い道で歩きたかったから、離れたところに行っていたの」
 娘は「さあ、行こうか」と私の隣にぴったりくっつき、再び歩き出した。

 


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