哲学者 岸見 一郎 先生 インタビュー

勇気をもって生きることで得られる幸せ。
~勇気づけの心理学がもたらしてくれるもの~

ベストセラー『嫌われる勇気』をはじめとした著作や講演を通して、アドラー心理学などの視点から現代人が抱える生きづらさや対人関係の悩みに寄り添うメッセージを精力的に発信されている哲学者の岸見 一郎さん。
AIやSNSの利用が日常となった学生たちにとっても学生生活における人との「つながり」や「居場所」は重要な意味を持っています。
今回のインタビューでは、大学というフィールドで学生が他者と共にいかに生きるかということについてお話を伺いました。

 
岸見 一郎 先生

岸見 一郎 先生
プロフィール
インタビュイー

全国大学生協連 全国学生委員会 委員長 佐藤佳樹

全国大学生協連
全国学生委員会
委員長 佐藤 佳樹
インタビュアー

全国大学生協連 全国学生委員会 笹森 穂花

全国大学生協連
全国学生委員会
笹森 穂花
インタビュアー

全国大学生協連 東北ブロック学生事務局 委員長 鍵野 清天

全国大学生協連
東北ブロック学生事務局
委員長 鍵野 清天
インタビュアー

(以下、敬称を省略させていただきます)

これからの生き方を変える2つの勇気

笹森 穂花
笹森
私たち大学生協では毎年秋に学生生活実態調査というものを行っていますが、近年の調査によれば、仲間と出会えたことで新たな居場所を得ることができたという声がある一方、嫌われないように気を使ったり、他者からの評価を必要以上に気にしたり、そのつながりが新たな不安感をもたらしているという学生が少なからずいることがわかってきています。著書『嫌われる勇気』の中で岸見先生は「全ての悩みは対人関係の悩みである」と書かれていますが、学生たちもそんな対人関係に悩み、葛藤しながら日々を過ごしている現実があります。

先に述べた学生生活実態調査によれば、大学生の約9割がAIを利用した経験を持ち、SNSにいたっては彼らの日常においてもはや欠かすことのできないものになっていることは周知の事実です。それらの利用は大きな利便性をもたらすと同時に、過度な承認欲求や他者との比較、競争意識の増幅といった様々な問題を引き起こしています。岸見先生には、まず、こうした中で学生たちはどのように他者と関わり、つながっていくべきなのかお伺いできればと思います。
 
岸見 一郎先生
岸見
それに関しては、なぜ他者と比較をするのかということをまず考えなければいけませんね。SNSを見れば当然そこには自分ではない他者がいて、自分とは違う、自分よりももっといい生活をしていると思ったり、羨ましいと思ったり、要は比較をするわけです。その比較をする時、「自分はこの人たちよりも優れている」と思っている人は多分少ないと思います。「自分の方が優れている」と思っている人は、SNSすら見ないかもしれない。比較することで「自分はダメな人間なんだ」「自分には価値がない」と否応なく思ってしまうのです。

皆さんもご存知かと思いますが、オーストリアの著名な心理学者アルフレッド・アドラーは、「人は自分に価値があると思える時にだけ勇気を持つことができる」と言っています。「自分に価値があると思える」とは、自分のことが好きだということです。私はこれまで多くの人のカウンセリングを行ってきましたが、若い人と話をする時に「あなたは自分のことが好きですか」と問いかけると、ほとんどの人が「どちらかというとそんなに好きではない」と答え、中には「自分のことが大嫌い」と答える人もいます。逆に言えば、「自分のことが好き」という人はカウンセリングにはやってきませんね。つまり「自分のことが好きではない」という人は、「自分には価値がない」と思っているわけです。

先ほど価値と勇気についてのアドラーの言葉を紹介しましたが、アドラーは二つの勇気について言及しています。一つは「仕事に取り組む勇気」、学生であれば勉強に取り組む勇気と言っていいでしょう。勉強に取り組むのに勇気がいるのかと思うかもしれませんが、勉強は結果が出て、それを評価されることになるからです。評価を受けたくないと思っていても、試験を受ければ当然評価されますが、そのことを恐れる人がいるのです。評価を恐れてはいけません。それは自分の価値や本質とは全く別の問題なのですから。私は長年、奈良女子大学で教えていましたが、この大学の学生はとても優秀で、特に語学の堪能な学生が多くいました。私が教えていた古代ギリシア語の授業で、ある学生に質問をしました。しかし、彼女は黙ってしまい、何も答えてくれません。ドイツ語、フランス語、英語が完璧にできる優秀な学生で、予習もしっかりしてきているはずなのに、です。なぜ何も答えてくれないのか、彼女曰く「答えを間違えて、先生にできない学生だと思われたくなかった」とのことでした。でも、教師としては絶対にそんなことは思いません。古代ギリシア語は難しい言語なのですから、むしろ最初は間違えて当然なんです。だから、たとえ間違えてもそのことでできない学生だと評価することはないと約束しました。すると次回から彼女は気を取り直して勉強に励み、古代ギリシア語を学び始めてから約半年でプラトンの『ソクラテスの弁明』を読めるようにいたりました。評価されることを恐れずに勉強に取り組むようになることで力をつけることができた好事例の一つだと思います。

そして、もう一つが、対人関係の中に入っていく勇気です。確かに対人関係の中に入っていけば、時に摩擦が生じることもあるし、嫌なことを言われることだってあります。例えば好きな人がいたら、つき合いたいと思うのが自然ですが、その思いを伝えなければ何も起こりません。でも、思いを伝えることで「あなたを異性として意識したことがない」とか「友だちから始めましょう」とか、ひどいことを言われて、そういう経験をして傷つきたくないから、対人関係の中に入っていきたくないと考える人がいるわけです。そして、その背景には、「自分でも自分のことが好きではないのに、こんな自分を好きになってくれるはずがない」、つまり「自分には好きになってもらえる価値がない」という思い込みがあります。ただ、対人関係の中に入っていかなければ、生きる喜びも幸せも感じることはできません。思いを伝えてみたら思いがけず受け入れられることだってあるわけでしょう?だから、何とかして自分に価値があると思い、自分のことを好きになって対人関係の中に入っていく勇気を持ってほしいですね。対人関係を恐れる多くの若者は、自分に価値がない理由を探すためにSNSを見ているといってもいいかもしれません。SNSを一切見ないようにするというのは極端ですけど、他者と比較しなければ自分の価値がわからないというのではだめだと思います。
 
笹森 穂花
笹森
しかし、とかく自分の価値は他人との相対的なものと考えがちです。
 
岸見 一郎 先生
岸見
他者との競争に勝たなくても、自分のしていることに価値を見出すことができることが大切です。これまで消極的な人生を歩んできた人に突然快活になれといっても無理があります。しかし、少なくともこれまでの人生で人を傷つけたことがないとか、いつも人の機嫌ばかりを考えてしまうとか、言い換えれば誰よりも人の気持ちがわかる優しい人なのかもしれません。これまでの引っ込み思案な自分を嫌いだったとしても、優しい自分だったら好きになれると思いませんか?そういう自分であれば、自分に価値があると思えるはずです。ただ、あまり人の気持ちがわかり過ぎると、言わなくてはいけないことも言えなくなってしまう。間違っていることは正さなくてはいけないですし、おかしいことはおかしいと言わなくてはいけません。だから、程度問題なのです。私の著書『嫌われる勇気』という本は題名が独り歩きをして、人に嫌われてもいいのだと思っている人もいるようですが、むしろ人の気持ちがわかる過ぎるくらいの人に対して、「少しくらい自分の言いたいことを言ってもいいんだよ」「少しくらい人に嫌われても大丈夫」というメッセージを伝えています。
 

あなたへの評価とあなたの価値は違う

笹森 穂花
笹森
実は、私は将来的に教員になりたいと思っています。私自身が生徒を評価するという立場になった時、どう生徒と接するかという点において正直、思い悩んでいるところでもあります。また、最近ではAIを使って手っ取り早く答えにたどり着くことが当たり前になっている若者が増えている中で、教育現場における生徒との関わり方も考えていなないといけないと思っていますが、岸見先生はこの点についていかがお考えでしょうか。
 
岸見 一郎 先生
岸見
教師であれば、何よりも「評価と価値は違う」ということを知っておく必要があると思います。ある問題を出して生徒ができなかったとき「こんなこともできないのか」と教師は言ってしまいがちですが、問題ができなかったことをその生徒の能力全般の評価にしてしまってはいけないのです。この問題ができなかった、ここが理解できなかった、という分析をしっかりした上で対処しなければ正しい教育をすることはできません。そもそも多くの教師は自分のことを棚に上げています。つまり生徒や学生の成績が上がらないのは、生徒や学生がダメなのではなく、その教師の教え方がダメなんです。先ほど『ソクラテスの弁明』を約半年で読めるようになった奈良女子大学の学生の話をしましたが、私が学生の頃、同じ本が読めるようになるまで3年かかりました。私の先生より、彼女たちの先生の方が教師として優秀だったのです。半分冗談ですが、できなくても半分以上は教師の責任だと思います。次はできるように努力をすればいいだけだと、ぜひそういう気持ちを持ってほしいです。

私の著書『嫌われる勇気』の担当編集者は、就職が決まるまで20社もの面接を受けたといいます。しかし、彼はある出版社に入ってから短期間にいくつものベストセラーを出しました。つまり、彼を面接で落とした19社は彼の本当の価値を見抜くことができなかったということです。自分自身にそういう局面が訪れた時には、この人は私の価値がわかっていないだけだ、と自信を持っていいと思います。

我々はこの比較する社会、あるいは競争する社会の中でずっと評価され続けて生きています。その結果、他者の評価軸に自分を合わせようとしてしまうのですが、そういうふうに生きていくことで、自分らしさを持てなくなってしまうのです。果たして、そんな人生でいいのかということを考えなくてはいけないと思います。
 
鍵野 清天
鍵野
今の学生は、それこそ恋愛のことで悩んでもいったんAIに相談して、 AIの言葉を受けて「じゃあこういうふうに連絡取ってみよう」って返す人がいたりもするので。他者の評価云々というお話もありますが、人に関わること自体が少なくなってきていると感じます。
 
岸見 一郎 先生
岸見
確かにAIは批判することなく受け入れてくれると思って相談するわけですけど、鵜呑みにしてしまうのはいけません。自分がやろうとしていることを後押ししてくれることを探し求めているだけで、結局、自分で考えなくなってしまうのは問題だと思っています。そして、何よりも無責任です。もちろん無意識のレベルですけど、もし後でうまくいかなかったとしてもAIが言ったことだからと決断の責任を転嫁してしまう。韓国のソウルで講演をした時、多くの若者たちが言っていたのは、韓国の若い人たちは親から勧められた結婚しかしないというものでした。そうではない人もいるとは思いますが、結婚して歳月を経て結婚生活がうまくいかなかった時に、「本当はあの時、好きな人がいた。でも、お父さん、お母さんは反対したでしょう。だから結婚したけれど、いま私は不幸です」と言いたいわけですが、これは無責任です。やはり自分で考えなくてはいけないし、自分で選んだことが後でうまくいかなかったらやり直すしかありませんが、自分では考えられない、自分では決められない人がAIに依存するのではないかと思っています。
 
鍵野 清天
鍵野
AIがすべてを肯定してくれるのは危険だということを聞いて、すべてを否定するようにプロンプトを組んで問いかけたら逆にすごく批判されてへこんでしまった経験があります(笑)。
 
岸見 一郎 先生
岸見
AIは私自身もよく使います。書いた原稿をAIに投げかけるのですが、自分が思っている以上に評価されるとうれしくなります。でも、それは用心してかからなくてはいけません。AIが評価したからと言って、いいわけではないので。AIは確かに賢いかもしれないけれど、AIに尋ねるよりも人間に尋ねてほしいと思っているわけです。なぜなら、人間であればAIのように一律の解答を出すことはありません。一緒に考えていく。こうしなさい、ああしなさいとは言わない。むしろ、あなたはどうしたいのかという点を一つひとつ確認しながらより良い方向を導き出していくのです。そういう意味では、AIの中で一瞬にして答えを出すという状況で生まれ育った若者たちが、自分の人生を自分で生きられなくなってしまうのではないかと危惧しています。
 

嫌われることは、自由に生きることの証

鍵野 清天
鍵野
先ほど「対人関係の中に入る勇気」というお話もありましたが、大学生協は「つながりの組織」ということで学生たちがともにつながりをつくり、居場所を確保するための様々な取り組みを行っています。しかし、最近そのつながりを広げていくことにどちらかというと消極的な学生が多くいることに気づきます。
 
岸見 一郎 先生
岸見
基本的に対人関係は無理に広げていく必要はないと思っています。友だちはたくさんいた方がいいと思い込んでいる人がいますけど、私は友だちと呼べる人はたくさんはいらないと思っています。嫌われないように人に合わせて、その結果、たくさんの友だちができたとしても、それは友だちではなくて単なる知人でしかありません。そういう人は何人つくってもあまり意味がありません。対人関係は基本的に波風が立つものです。おかしい時にはおかしいと言えるのはむしろ友だちだからなのであって、どうでもいい人だったら関心すら持ちません。ただ、残念ながら、そういう忠告というか、助言を素直に聞いてくれる人は少ないので、ひどいことを言われることや、その組織というグループの中で自分を孤立させてしまうということは当然起こります。『嫌われる勇気』の中で哲人が「自分を嫌う人がいることが、自分が自由に生きていることの証である」と言っています。自分を嫌う人が一人もいなければ、その人は非常に不自由な人生を生きている。つまり、自由に生きるためには、人から嫌われることは支払わなければならない代償であるということです。
 
鍵野 清天
鍵野
自分が自由に生きている証拠となるのが、それこそ自分を嫌っている人がいるという考え方はとても新鮮ですし、私自身にも共感できる部分が大いにあると感じました。
 
岸見 一郎 先生
岸見
わざわざ人に嫌われることはありません。嫌われることはないけれど、自分の信念を貫こうと思ったらあまりよく思わない人は当然出て来ます。それが集団の中であれば、一時的に孤立してしまうこともあるかもしれない。それでも、決して孤独にはなりません。なぜかというと、組織の中には、同じように考えている人がいるからです。自分も同じように考えていた。でも、発言する勇気を持ってなかっただけだという人がきっといます。人と人とのつながりは、そういう人とだけ持っていればいいのです。たとえ孤立することがあっても自分を理解してくれる人がいると思って生きることが大切です。また、誰か一人が変わると組織は必ず変わっていきます。これは大学のサークルでも企業でも同じです。自分が所属した途端に、自分が所属した共同体は別の共同体になる。自分がその共同体を変えていく力があるということを感じてほしいです。そういった人と人とのつながりをアドラーは、「ミットメンシュリヒカイト(他者とつながっていること)」という言葉を使って表しています。人と人が敵対するのではなく、つながっているというそういう状態をアドラーは「共同体感覚」という言い方で説明していますが、人と人は自動的につながることはなく、意識的に選んでいくことが重要です。単にみんなに合わせていくこと、みんなと仲よくすることは共同体感覚とは呼べないのです。自分に価値がないと思っている人が対人関係の中に入っていけないのは、他の人は自分を陥れようとする怖い存在だと思っている。でも、そうではない。必要があれば自分を援助してくれる仲間なのだということを若い人たちには学んでほしいです。敵ではなく仲間なんだと思えるからこそ、その仲間の役に立ちたいと思うわけです。勇気を持って対人関係の中に入っていければ、生きる喜びも幸せも対人関係の中で感じられるようになれるはずです。
 
佐藤 佳樹
佐藤
組織に所属すれば組織の中での役割があって、自分がその役割を担うに当たっては前任者との比較というものがどうしても出てきてしまうような気がします。
 
岸見 一郎 先生
岸見
そもそも同じようにすることはないのです。もちろん正しいことは踏襲すればいいわけですが、前任者と同じことができなければならないという思い込みからは自由にならないといけません。たとえリーダーになったとしても、それは役割が変わってリーダーとしての責任が増えるだけだということを知る必要があります。社会人であれば上司と部下ということになるのでしょうが、人間としての価値は同じであることを肝に銘じておかなくてはいけません。決して自分が偉くなるわけではないのに上司になった途端、突然態度を変える人がいます。本当に優れたリーダーは、リーダーになっても態度や言葉遣いが変わらないものです。その上で必ずしも自分の考えが正しいわけではないことを認識し、後輩に尋ねる勇気を持ち、その指摘が正しければ直ちに改めることのできる勇気を持つことが重要です。
 
佐藤 佳樹
佐藤
岸見先生ご自身は、自らの価値とか自分らしさみたいなものをどのように認知されていますか。
 
岸見 一郎 先生
岸見
基本的には、自分にしかできないことをしていきたいと思っています。これは特別なことをするとか、奇をてらうとか、そういう意味ではありません。他の人が私よりできることは、他の人に任せておいて、自分にしかできないことがきっとあると考えるわけです。それが私の場合は本を書くことです。それも売れる本を書きたいと思ったことは一度もなくて、読まれるべき本を書きたいと思っているんです。幸いなことに『嫌われる勇気』は続編も含めて大きな反響を呼ぶことができました。販売数が大きく伸びたことにそれほど大きな意味があるとは思わないですけれども、多くの人が私の本を読むことで人生を変えるきっかけになったかもしれないとは思っています。世界に貢献しているなと思う仕事ができている時に自分らしさを感じるし、そういうことが自分にとって意味のあることだと、この何十年ほどで思うようになりましたね。だから皆さんもそういう仕事を見つけてください。自分のことばかり考えて、自分の成功だけを目指す人生ではつまらない。もっと大きな志を持たれてもいいと思います。

若い人には何が自分にできるか、どういうことだったらできるのかということを考え、絶えずその根底に他者にいかに役に立てるかということを考えられるような人になってほしい。自分のためにしか努力しない人は、結局、仕事を途中で投げ出すことになりますよ。
 

自分が正しいと思う人生を生きる勇気を

笹森 穂花
笹森
岸見先生のお話を伺って、『嫌われる勇気』を持つことが、これからを生きる学生にとって重要な指針になることを知ることができました。最後に、そんな学生たちにメッセージをお願いいたします。
 
岸見 一郎 先生
岸見
自分自身の人生を生きてほしいと思います。みんなが生きているのと同じ人生を、自分も生きなければならないと思わないで、自分が正しいと思う人生を生きる勇気を持ってほしいです。それは決してわがままに生きるという意味ではなくて、自分ができることで他者にいかに貢献できるかを常に考えておかないといけないということです。ふと思い出した若い友人がいます。彼は三代にわたる開業医の家に生まれて、幼い頃から自分も医師になることを求められていました。でも、彼は医学部ではなく、法学部を選んだ。しかし、4年後、やはり医学の道に進みたいと、改めて医学部に入り直し、医師になりました。そこにどんな心境の変化があったのか。法学部の学生として過ごす間にどのような経験をしたのかはわかりませんが、いまは通院することもままならない患者さんの家に休日でも深夜でもかけつける訪問診療医になっています。彼は本当に自分が医師として何ができるか、社会にどういう貢献ができるかということを知ったのだと思うのです。親から勧められたのではないけれども、自分の意思で医師になり、社会に貢献するようになった。どんな仕方で貢献できるかは人それぞれですが、このように若い人が人生を切り開こうとして、勇気を持って生きていることを知っただけで、私の中にも勇気が湧く。学生の皆さんも自身がそう生きていれば、その存在だけで他の人にとって喜びであり、そのこと自体が他の人に貢献していると考えていい。そう思えたら、どんなことでも勇気を持って取り組んでいくことができるでしょう。
 
一同
一同
本日はありがとうございました。
 

2026年6月4日リモートにて

 

PROFILE

岸見 一郎 先生
岸見 一郎先生(哲学者)
1956年、京都生まれ
京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)

■主な著書
著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(古賀史健と共著、ダイヤモンド社)、『「普通」につけるくすり』(サンマーク出版)『つながらない覚悟』(PHP研究所)『アドラーの教育論』(幻冬舎)、訳書にアドラー『個人心理学講義』『人生の意味の心理学』(アルテ)、プラトン『ティマイオス/クリティアス』(白澤社)など多数。
 

その他のインタビュー