「100分 de 名著」 番組プロデューサー インタビュー
いずみ委員、名著を探る

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「100分 de 名著」 番組プロデューサー
インタビュー いずみ委員、名著を探る

秋満吉彦さん(聞き手 いずみ委員)

 NHK Eテレ「100分 de 名著」の番組収録を取材した後、いずみ委員はプロデューサーの秋満吉彦さんからお話をうかがいました。名著の力とは……ここではインタビューの模様をお届します。


 

Profile

1. 「100分 de 名著」は今年で8年目
2. 原典が選ばれるまで
3. 名著の基準
4. 可能性を広げてくれる2冊

秋満さんおすすめの本
秋満さんの著書


P r o f i l e
 
秋満 吉彦 (あきみつ・よしひこ)
1965年生まれ。大分県中津市出身。
熊本大学大学院文学研究科修了後、1990年にNHK入局。ディレクター時代に「BSマンガ夜話」「土曜スタジオパーク」「日曜美術館」「小さな旅」等を制作。その後、千葉発地域ドラマ「菜の花ラインに乗りかえて」、「100分 de  手塚治虫」「100分 de 日本人論」、「100分 de 平和論」(ギャラクシー賞奨励賞・放送文化基金賞優秀賞)等をプロデュースした。現在、NHKエデュケーショナルで教養番組「100分 de 名著」のプロデューサーを担当。著書に『仕事と人生に活かす「名著力」 第1部(現状打開編)・第2部(飛躍編)』(生産性出版)、『「100分 de 名著」名作セレクション』(共著・文藝春秋)、「狩野永徳の罠」(『立川文学Ⅲ』に収録・けやき出版)がある。
 

 

「100分 de 名著」は今年で8年目


 それではまず、番組が始まったきっかけを教えてください。

秋満
 この番組が始まったのは7年前。もともとはパイロット版(レギュラー放送になる前の実験的な特番で、視聴者の反応が良ければレギュラー番組になるスタイル)で「1週間 de 資本論」という番組を2代前の担当者が立ち上げました。当時、『ニーチェの言葉』とか『もしドラ』といった、難しい哲学や経済の話を短くわかりやすく紹介する本が話題で、出版界がちょっとしたブームになっていたんですね。そういうものをテレビでできたらな、という非常にシンプルなところから始まったと聞いています。この資本論がとても好評でレギュラー番組になり、第一回は2011年3月30日にニーチェの『ツァラトゥストラ』を取り上げました。
 1年目のMCは伊集院光さんではなく元NHKアナウンサーの堀尾さんが担当していて、スタイルもちょっと違いました。今のスタイルになったのは、2012年からです。
 世間の要望として、難しい・読んでも分からないとか、若いころに忙しくて読めなかった本を定年後に読んでみようと思うが手掛かりがないと読めない、などという学びなおし世代の人たちに対して、わかりやすくアニメーションや朗読を使って解説をするというコンセプトではじまり、少しずつ視聴者に定着していきました。私が担当したのは4年前からです。もともとのコンセプトとして学びなおし世代の人たちを惹きつけたいのですが、それと同時に、若者の本離れを食い止めるというのが今私の中の最大のミッションと考えています。私自身も本に助けられ本によって人生観や世界が変わったということがあったので、ちょっとでもそのきっかけを若い人たちに提供したいなと。そこで、『アンネの日記』は満島ひかりさん、その後『フランケンシュタイン』では柳楽優弥さん、中原中也を森山未來さんに朗読をしてもらうなど、いろいろみんなで工夫しています。そうやって若い世代にも見てもらえるようになってきたので、自分なりの理想像を実現しながら、いい番組に育ってきたというのが、今実感していることです。

頼本
 視聴者からの反響が大きかったのはどのような作品でしたか。

秋満
 トップは司馬遼太郎スペシャルですね。さすが国民的作家です。指南役が歴史学者の磯田道史さんだったこともあって、凄い反響でした。もうひとつは、レヴィ=ストロースの『野生の思考』。年に何回かは自分のチャレンジしてみたいものに取り組むのですが、そのなかのひとつです。一般的知名度が低い作品なので、MCの伊集院さんもご存じなかったくらいですが……。あと去年は、『人生論ノート』、『三国志』、『維摩経』、『高慢と偏見』が4カ月連続で通常より高い視聴率を記録しました。
 全体の傾向として、仏教系は凄く人気があります。経典は関心が高い。お年寄りに好評なんですね。それから『人生論ノート』とか「生き方を考える」系も。
 逆に、比較的関心が低いのは文学です。なぜかというと先生に解説されなくても自分でストーリーを読めてしまうから。たとえばシェイクスピアの『ハムレット』は大名著なのに、仏教系ほどではなかった。でも、『高慢と偏見』でジンクスを破ったので、文学もやりようによってはいけるかな、というのが最近の実感ですね。
 

 

原典が選ばれるまで


 紹介する本はどのような基準で選んでいますか。

秋満
 「ジャンルが偏らない」というのはまず大前提で、宗教書や生き方系だけだと名著感がなくなってしまうので文学も取り入れるようにしています。でも年度のスタート(4月とか5月)は勢いに乗りたいので、まず仏典等の人気がある本をやります。今年は4月に宗教書(『法華経』)が入ったので、5月は神谷美恵子さんの『生きがいについて』が続きます。これは生き方論ですね。このあとは、偏らないように文学や哲学、歴史を織り交ぜていきます。
 その中でどういう本を選ぶか。古典といっても、何らかの形で現代の人が読んで面白かったり、現代の世相が読めたり、現代社会にも通じるところがあったり、今自分の置かれている生き方——たとえば、ブラック企業が増えたり働き方改革と言われている時代に「働くとはなんだろう」といったことを考えたりできるもの。やはり視聴者が番組を観て、そこから引き出したり学んだりすることができる本に意識してアンテナを張って選んでいます。

笠原
 時事問題に対してのアンテナの張り方はどのように?

秋満
 新聞、テレビが多いですが、最近は、頻繁に書店に行くようにしています。番組を担当する前は好きな本だけを買いに行っていたけど、もうちょっと引いた目で、世間ではどういう本が動いているのか、注目されているのかを書店で実際にみる。それと、出版社の友人に訊いたりもしますね。
 ニュースはリアルタイムで情報が入るからそれはそれで参考にはなりますが、本は若干遅れて出てくるんですね。今起こっている事件に対して、もう少し深く考えるべきではないかというニュースが分析され書かれて、半年遅れ位に本が出始めます。必ずしも売れる本ばかりに注目しているわけではないけど、こういう本が並べ始めているということは、今みんながこのことを一生けんめい考えようとしているんだな、と。貴重なデータになりますね。

加藤
 取り上げる本を決めたとき、それに関連する本は何冊くらい読むのですか。

秋満
 その時によります。『全体主義の起原』を例にあげると、1月くらいにこれをやろうと決めて、まずその本(原典)を読みます。そして自力で解読できない部分について、研究者の先生が分析した本を数冊読んでいきます。研究者がどう読んでいるのか、「ああ、この感じはいいな」とか「この先生とこの先生はいい」みたいなことが見つかれば、最低5冊、『全体主義の起原』のときは10冊あったから、そうですね、大体5〜10冊くらい読みますね。結構きついですよ。もちろん、途中でつまらなかったら止めちゃうこともあります。毎月半年先の企画書を書くために10冊を読むというのは結構きついので、できるだけそうはならないように勘を養って、一発でいいものをひくように努力しています。なかなかうまくいかないこともありますけどね。

頼本
 今回見学させていただいた『法華経』(4月放映)の研究者は植木雅俊さんでしたが、原典についていろいろな方が書いていらっしゃるなかで研究者はどのように選んでいくのですか。

秋満
 本によって基準は変わります。今回の『法華経』を例にあげると、宗教書とか経典は、信仰の対象として今でも大切にされている方がたくさんいらっしゃるので軽々しく扱えません。「法華経」を聖典としている宗教団体がありますし、日蓮宗系の宗派もたくさんあります。これらの研究者は大体がどこかのお坊さんですが、まず、日本の宗派のほとんどが「鳩摩羅什訳」という漢訳本を原典にしているんです。
 もともと(もしかしたら)パーリ語という庶民的な言葉で書かれていたのかもしれないのですが、現存している原典は葉っぱに書かれたサンスクリット語版なんですね。日本では何十年か前に訳されたものが文庫で出ていますが、これは凄く誤訳が多いんです。それを植木先生が全部点検をして新たな視点から徹底的に分析をして翻訳をされた。そこに注目して読んだら、凄くわかりやすかったんですね。
 植木先生はどこの大学にも所属していなかったのですが、日本の仏教研究者の第一人者である中村元先生の晩年に、先生のもとに6年間通われてサンスクリット語や仏教を学ばれました。ですので、中村元さんの精神を受け継いでいるということと、宗派に関係ない立場にいる。原典をたどると原始仏典というものをもう一回復興させようという視点だし、宗教の対象というよりは哲学書であり思想書である、ということを銘打って本を書かれています。植木さんの『思想としての法華経』(岩波書店)という本はとてもニュートラルで、「あくまでも哲学書思想書として読み、みなさんが大事にしている鳩摩羅什訳ではなくて、もともとの原点にさかのぼって何が書いてあるのかを解読しました」と言えば、どの宗派の方にも納得してもらえるだろうという結論にたどり着き、植木先生に決定したわけです。

北岸
 これまで番組で取り上げている作品は、すべてお一人で選ばれているのですか。

秋満
 そうなんです。実質的に「100分 de 名著」は、NHKエデュケーショナルで私だけが担当しているので、本を選んで、企画書を書くのは、すべて私の仕事です。それをベースに制作プロダクションの方々が制作しています。ですから、「法華経」の収録を今やっていますが、パラレルで今(3月)放送中の松本清張スペシャルの後半の仕上げをするのと並行して7カ月後の本を読んでいたりするんですよ。

一同
 えぇ〜!!(驚)。

秋満
 これがたぶんこの仕事の一番大変なところです。引き継いですぐのころ、一時期「私は今何を読んでいるんだっけ?」という感じで混乱しました。みなさんもレポートとか卒論とかがあると思いますが、その締め切りが毎月半ばくらいにある感じです。先生とお話をして企画書を書くのですが、超一流といわれる先生に、まず企画書の前段階で「こんな視点でやりたい」というメモを作っていくわけですよ。ある程度の緊張感をもって準備をしていきますが、最近はだいぶ勘所がわかってきました。先生の傾向を知って共通の土壌ができると心を開いて話してくれるので、最初からめちゃめちゃ完成度を上げなくても和気あいあいとディスカッションができてアイディアも出る。先生が持っている詳しい情報と私が読んだ先生の本から「これとこれとこれがあればいけるな」という情報を総合的に組み合わせて、先生が中身を調べてくださり、テレビ的な見せ方は担当するディレクターたちが考えます。先生もアウトプットの発見があると凄くいい感じになりますね。
 


 

名著の基準

笠原
 秋満さんの考える名著とはどんな定義になりますか。

秋満
 ここ2年くらい試行錯誤していますが、古典の名著というのは長い風雪に耐えてきて、今でも忘れられずに本として出されているもの。みんなが求めているからこそ今も残っているというのがその証で、誰が何といっても名著といえるのだと思います。でも『全体主義の起原』みたいなものは戦後の作品なので、それを名著といっても良いのか、という問題に常にさらされるんですよ。「今読んでもわかる」「普遍的なことを言っているな」というのは4年担当してわかってきた感覚で、そういう面からもこの作品は名著と言ってもいいのではないかなと思います。
 このように今も残る本に書かれていることというのは、人間の普遍的なことに触れているので、いつの時代の人が読んでも理解できるし、今起こっていることほぼ9割は書かれているといっても過言ではないんですね。『オイディプス王』というギリシャ悲劇の作品はさすがに名著だけど古臭くないかと思ったら、作家の島田雅彦さんが、「その時代にアテネが置かれた状況は、現代の日本にあてはめてもおかしくない。世界が憎悪の連鎖に巻き込まれてお互いに疑心暗鬼になり、きな臭い状況になっているが、あの時代にも同じことが起こっていた。繁栄の極端まで走っていくとそこに住んでいる人がだんだん緩んできて、独裁的なものが生まれたり、ほかの国の人を排除したりということになってくる」とおっしゃったんです。現代と同じなんですよね。歴史は繰り返されているんです。
 名著を選ぶうえで一番悩んだのが、「果たして存命されている方の作品を名著と言っていいのだろうか」ということ。たとえば大江健三郎さんの作品は名著だと思っているのだけど、名著と言っていいのか、さらに、石牟礼道子さんの『苦海浄土』という水俣病について書いた本を取り上げたことがあるのですが(2016年9月放映)、これも当時悩みました。
 石牟礼さんの本は、ちょうど水俣病が確認されて60年という節目のタイミングと、東日本大震災のあと被災地をまわって現状を知る機会があったときに思い浮かんだんです。
 被害のレベルは違いますが、自分たちが豊かな生活を送るために、その必要なものを作っている施設が地方にある。『苦海浄土』の場合は熊本の水俣で、企業城下町となり、そこで働いている人がたくさんいる。だから誰も逆らえない。それに対して訴えたひとたちに、「俺たちの生活を壊す気か」と、内輪でももめる。
 まったくフクシマと同じなんです。フクシマも私たちが電力をもらうために東京からはるか離れた場所に作られて、事故が起こっても自分たちには関係ないとか、目をそらしてしまう人もいる。石牟礼さんはこの本で現代の問題を予言的に書いています。石牟礼さんがなぜそれをできたかというと、彼女は足尾鉱毒事件から学んだんですよね。繰り返されているんです。その普遍性にたどり着いているから、今読んでも「これは現代のことだ」と言えるんです。これは名著と言ってもいい確かな基準だ、と最初に体験した「気づき」でした。それからは幅が広がったかな。ですから、古い時代に書かれて今残ってるものも名著だけど、現代に書かれたものでも普遍性にたどりついているものは名著と言ってもいいのではないかと、思います。

杉田
 思考や問題の解決に役に立つかどうかは置いておいて、読書には面白いから好きだという一面もあると思います。もちろん、番組の考え方として教養、あるいは、MCの伊集院さんのようにご自身の経験に引き付けて読まれることもあるかもしれませんが、私は「役に立つから本を読む」ということにやや違和感があります。

秋満
 そうですね。それはまさにいろいろ考えていることです。私も読書好きなので、「これは俺だけに語りかけている本」みたいなものがあるのね、やっぱり。難しいですね。一方的に本を「役に立つ」という側面だけから切っていいのか、現代の視点を与えてくれるという点だけで選んでいいのか、そういう読み方をしていいのかというと、私はそうじゃないと思う。本は多様な読み方があっていい。多くの文学作品はそういうものだと思うんです。一方で、ノウハウ本とは違うと思うんだけど、モノによっては、凄く自分を豊かにし、視野を広げてくれる本もありますよね。そういう質的な変化を与えてくれるものは、広い意味で「役立つ」と言ってもいいと思います。「100分 de 名著」は明日からすぐに役立つという視点ではやっていなくて、あとからじわじわ効いてきてもいいと思いますし。
 みなさん村上春樹さんの本はお好きですか。村上さんの本って、読んでいる人ごとに解釈が違うんです。『ノルウェイの森』が映画化されましたけど、ラストシーンが私が読んだ印象と映画では全く違うんですよね。
 たとえば、教会のグレゴリオ聖歌ってすごい荘厳な感じがするじゃない? お経をみんなで唱和しているときに共鳴して空間に広がる感じ。人間って耳がふたつしかないから基本的にふたつの音を聞くことで距離感を感じるのだけど、思想家の内田樹さんによると、ああいう空間であらゆる方向から音が耳に届くと、まさに天上から音がふってくる感覚になるんですって。その奏でられているメロディーの感じ方が悲しいとか嬉しいとか、人によって違って聞こえるということを彼の言葉で表現すると、「倍音」というんですね。世の中にはその「倍音」を奏でられる作家がいるんです。それが村上春樹さん。
 彼は世界中に伝わるような言葉を研究しているわけではなく、「自分は掘っているだけだ」とよくインタビューでおっしゃいます。つまり自分の内面を、井戸のように奥深く掘っているのだと。なかなか水脈に到達しないのだけど、頑張って掘り続けていくと水脈が出てくるんですって。その水脈にぶつかってそのことを書くと、それはもの凄く個人的なことでも読者に届くんですって。そういう祖生の水脈というのは、人類の一番深いところで、つながっているのだと。
 だからいいと思うんです。私も名著を選ぶときにマーケティングをしていろんな情報を見比べているわけではなくて、自分の直感をどこか信じているところがあります。それはきっと掘ることなんですよ。結局自分の心を揺さぶれなければ人の心も揺さぶれないんじゃないかなと。いたって個人的な体験かもしれないけど、それを自分だけに取っておくのはもったいなくて、「倍音」みたいにいろんな人に響き渡るものを提示すると、個人的な体験だったはずのものが、必ず多くの人に感動を与えられる。
 名著の読み方も、制限をしたくないし、それぞれ読み方があってもいい。私が意図したことと違っていてもそれはよくて、100人同じ価値観を共有できたから普遍なのではなくて、100人が違う見方をしたものも普遍だと実感しています。まず「私の心を響かせました」というのが根本的な基準にあって、それをいろんな人に価値観を共有してもらいたいという狙いで企画するけど、みんなの心の中の弦を響かせるものを作るには、単にノウハウの押し付けとか読み方を強制するとかということではなくて、いろいろな人の響き方ができるような番組にすることが、ベストですね。ただ、そうそうはできません。限られた時間でわかりやすい内容をめざしていくと、本当に面白い回はディレクターたちと一緒にそういうことができているときですね。
 

 

可能性を広げてくれる2冊


 最後に、大学生にこそ読んでほしい本とかがあれば、紹介してください。

秋満
 よくあげるのは『モモ』かな。これは、最初の一読目は普通にエンターテインメントとしても楽しめるけど、読むたびに味が出る本で、深いんです。これこそ倍音の本で、様々な人に影響を与えているし、臨床心理学者の河合隼雄さんも、『モモ』は理想的なカウンセラーだと。千差万別の読みがあっていい本で、「聞く」という視点で読んだりするし、それこそたとえば遊ぶことの豊かさとか想像力といったテーマもあるし、何か事を起こすときにはまず「待つ」ということの大事さとか。当然一番の基調は「時間」がかけがえのないものだよというのがベースにあるけど、章ごとに全然違うテーマといってもいいし、深く読むと自分の人生を揺り動かしかねないことも起こりうる。かといって未だに理解できないこともあります。たぶんどの年齢で読んでもそれなりの読み方ができるので、『モモ』は入門としてとてもいいし、何回も読み返すと、人生の節目ごとに読み方が変わります。
 それから、もう1冊は『夜と霧』ですね。印象とは違って、暗くて重い本かと思いきや、とても元気になる本です。ここに描かれている強制収容所に入れられた人たちは、将来の希望もなくここで死ぬしかないという状況に追い込まれたとしても、それでも「希望はある」という答えを出すんですね。絶対的に運命を動かせない出来事が自分を襲ったときに人間らしく生きていくとは何かと考えたとき、「私が人生に何かを求めるのではなくて、人生が私に求めているものをみつけなさい」と。
 自分が主体ではなくて、人生が主体。今この瞬間に自分が置かれている状況を受け止めなさいということです。180度視点を変えると見える風景がまったく変わってきます。
 私は研究者になりたかったのですが、その道をあきらめて今マスコミにいます。実は進路が決まるまで、自分のなりたいもの以外、誰がなんとアドバイスをしようとも耳を傾けなかったんです。でも、『夜と霧』を読んで、「待てよ、何が今求められているのか。自分がこの世の中で何の役に立つだろうか」と視点を変えてみたんですね。「秋満って人の話を聞くのがうまいよね。人の話を聞く仕事をしたらいいんじゃない」と友達に言われ、それまでだったらそんなことは受け入れなかったのに、その人の一声で自分の選ぶ就職先が変わりました。マスコミとかジャーナリストは人の話を聞いて取材をしてそれをまとめて世の中に出すという仕事、それは凄くやりたい仕事ではなかったけど、もしかしたら自分に求められているのはそれかもしれない。人生に対して、フランクが言っていることはもっと深いことだったかもしれないけど、今何を問いかけられているかに耳を澄ますと、意外と自分の進むべき道が見えたりするんじゃないかな。
 今、私は「100分 de 名著」という好きな番組にいるけれど、ここにたどり着くまでは自分の本意ではない部署にいたこともありました。でも、その都度本を読んでいたので、「今ここで何ができるのかを考えて、ここで自分の能力を最大限に発揮しよう」ととらえることができて、状況が変わりました。言ってみれば人間はそれを繰り返すしかなくて、最後までたどり着けないかもしれないけど、そういう場所で腐ってしまったら終わり。これからみなさんも、希望通りならそこで最大限楽しめばいいんだけど、そうでない場合もその場でベストを尽くす。腐らずに受け入れてベストを尽くし続けていけば、結果的に見てくれている人がいたり、何か良い流れができたりします。それを心の中に持って、今後どんなことが起こっても、「あのとき秋満さんがベストを尽くせといっていたな」と思い出していただければと思います。
 そのために『夜と霧』はぜひ読んでほしいですね。絶望的な状況のなかで、彼らは美しい夕日を見つけたり、花と話をする人がいたりと、あんな収容所のなかでも希望を失わずに過ごすことができたのだから、温室にいる私たちも、ちょっとつまづいたときにこの本を読めば「自分たちは甘いな」と思うはず。ですから、これから社会に出ていくみなさんには、本当におすすめしたいですね。
(取材日:2018年3月8日)
 
秋満さんおすすめの本
  • ミヒャエル・エンデ
    〈大島かおり=訳〉
    モモ
    岩波少年文庫/本体800円+税
  • ヴィクトル・E・フランクル
    〈池田香代子=訳〉
    夜と霧
    みすず書房/本体1,575円+税
 
秋満さんの著書
  • 仕事と人生に活かす「名著力」
    第1部(現状打開編)・第2部(飛躍編)
    生産性出版/(各)本体1,500円+税
  • 日本放送協会
    「100分 de 名著」名作セレクション
    文藝春秋/本体1,200円+税


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