いずみ委員の 読書日記 159号 P2


レギュラー企画『読書のいずみ』委員の読書エッセイ。本と過ごす日々を綴ります。

  • 愛媛大学3回生 河本捷太 
    M O R E
  • 千葉大学4年 笠原光祐 
    M O R E
  • 東京大学大学院M1 任冬桜 
    M O R E
  • 奈良女子大学 北岸靖子 
    M O R E
  • 早稲田大学卒業生 田中美里 
    M O R E

 

 

奈良女子大学 北岸靖子

どこかで誰かが「1人の作家さんの著作をすべて読めば、その作家さんがどれほど広い世界観を持っているか分かる」というようなことを仰っていた。そんなわけで、昨年末から長野まゆみ作品ばかり読んでいる。

桜の蕾が膨らむころ

八月六日上々天氣』(河出文庫)を手に取る。タイトルからして季節違いだが、細かいことは気にしない。
 長野まゆみさんは美大のご出身で、自著のカバーイラストを自ら描かれることも多い。この本もそうだった。繊細なタッチで描かれた水彩画を見て、はっとした。これは原爆ドームじゃないか。ということは、八月六日が指しているのは……。
 戦時中の話だが、悲惨さはない。むごい描写もなく、話は平原を流れる川のように緩やかに進んでいく。でも、失われたものは二度と元に戻らない。戦争というのは、誰かにとってかけがえのない人を奪うことなのだ。読後、涙が止まらなかった。
 

寒の戻りに震える日

 長野まゆみ作品コンプリートを目指す私だが、刊行順に読んでいるわけではない。気の向くまま手前勝手な順番で読んでいる。
 今日は『箪笥のなか』(講談社文庫)を読むことにした。主人公である女性が遠縁の親戚から古い箪笥を譲り受けたのをきっかけに、不可思議な出来事が次々に起こる連作短編集だ。読んでいるうちに、現実と夢、現在と過去、生と死が緩やかに混ざり溶けあっていく感覚に捉われる。でも、怖くはない。むしろ不可思議な世界に強く惹かれて、私もそちら側に足を踏み入れてみたくなった。まずは適当な箪笥を探さなければ。
 

葉桜の季節

 これまでSFやファンタジーは敬遠していたが、長野まゆみ作品をコンプリートするにはどちらも避けて通れない。というわけで、『カルトローレ』(新潮文庫)に挑むことにした。
 白くて分厚い。表紙からもタイトルからも、異国の物語であることが分かる。やや怯みつつページをめくり出したとたん、広大な砂漠が目の前に広がった。空を飛ぶ船、水を自在に操る少年、発火した書物から芽吹いた植物……。瞬く間に不思議な世界に魅了され、ページをめくる手が止まらなくなった。ファンタジーがこんなに面白いなんて! 次は『新世界(全5冊)』(河出文庫)を読もうと決める。
 
 

 

早稲田大学卒業生 田中美里

キットカッ〇が一番売れる頃

 塾講師のアルバイトをしている私にとっては、今が佳境の時期である。生徒たちの中には見ていて吸い込まれてしまうような集中力で勉強する姿もあり、つられて私も頑張らなくてはと身が引き締まる思いになる。教えているだけだが、私も脳が疲れたので、『アンと青春』(坂木司/光文社文庫)で糖分補給をしようー! 案の上、活字だけで糖分補給をするという作戦はすぐさま失敗に終わった。色鮮やかで繊細で美味しそうな和菓子たち。こんな描写が続いては、甘いものを食べたくならないわけがない。今日はこのバイトが終わったら、和菓子に抹茶を飲むと決めて午後の授業も頑張ろう。
 

絶賛! 悪魔の粉飛散中の頃

 へっぶしょっっいいい、、、
 誰もいないところでするくしゃみの音ってこんな感じじゃないだろうかと思う。くしゃみというのは何回連続でできるのだろうか。と馬鹿げたことを真剣に考えながらで、『ブレイズメス 1990』(海堂尊/講談社文庫)を読み始めた。花粉という悪魔の粉が飛散し、頭がぼーっとする中で読んでいるからか、進まない。誤解を招くといけないので、言っておくが、内容がつまらないとか、そういうことでは決してない。天才的な腕を持つ医者が診る患者をカジノで決める。そんなことは許されるのか、読んでいると夢中になっているが、いつのまにか睡魔に襲われ、翌朝続きを開いてみると、そのページを読んだ記憶がないのだ。悪魔の粉は私の読書の時間までも奪ってしまうと思うと憎たらしいったらありゃしない!
 

残りの東京生活のカウントダウンが始まった頃

 引っ越し。それは友人から聞くより遥かに大変な作業だった。終わらない。部屋を片付けているはずだが、なぜか部屋が散らかる。ダンボールに詰めて、いらないものをゴミ置場に捨ての繰り返し。果てしない……。4年で気がついたら多くのものが溜まってた。いる、いらない、幾度となく、繰り返すと気がついたら、足の踏場が無くなっていた。一息つこうと思い、『つむじ風食堂の夜』(吉田篤弘/ちくま文庫)のページをめくる。本の世界はどうやらゆっくりと時が流れているようだ。心地よい。気がついたら、次のページがめくれない……そう。読み終わってしまったのだ。よし、またダンボールに物を詰めよう。
 
 
   
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