わが大学の先生と語る
「生活世界が社会をつくる」松村 暢彦(愛媛大学)

生活世界が社会をつくる インタビュー

 松村先生の推薦図書


P r o f i l e

松村 暢彦 (まつむら・のぶひこ)
1968 年生まれ、兵庫県出身。
愛媛大学社会共創学部教授。
1991 年3月大阪大学工学部土木工学科卒業、1994 年3月大阪大学大学院工学研究科前期課程修了、1995 年3月同後期課程中退。1995 年4月大阪大学工学部助手、2004 年4月大阪大学大学院工学研究科ビジネスエンジニアリング専攻准教授、2014 年4月愛媛大学工学部環境建設工学科教授を経て2016 年4月より現職。専門は土木計画学、都市地域計画学。

■主な著書・共著
『わかる土木計画学』《編著》(学芸出版社 2013)、『モビリティをマネジメントする』《分担執筆》(学芸出版社 2015)、『防災まちづくり・くにづくり学習』《分担執筆》(悠光堂 2015)、『都市・まちづくり学入門』《分担執筆》(学芸出版社 2011)、『モビリティ・マネジメント教育』《分担執筆》(東洋館出版社 2011)。
  • 頼本 奈波
    (農学部4回)
  • 山根 佳子
    (法文学部2回)

 

1.社会のために生きる

山根
 先生が研究に入られたきっかけを教えてださい。

松村
 私の父が県職員で、自然災害のときには仕事場に泊まり込んで家にはいませんでした。そんな姿勢がかっこいいなと感じていたので、社会のために生きたいと思っていました。それで、受験の時に理系で社会貢献ということを考えて、土木工学科を選びました。
 でも研究者になるつもりは全くありませんでした。転機になったのは、大学院のときに休学してふらふらと1年間旅行したアフリカでした。その当時のアフリカは、人間の生命を守るための安全な水すら確保できていませんでした。学部の時、下水道工学や上水道工学という科目があったのですが「どうしてこんな勉強をするんだ」と思っていたんです。しかしアフリカへ行って役に立つことを知って、土木工学も捨てたものではないと初心にかえりました。そんな時、阪神淡路大震災が起こったのです。高速道路もビルも倒壊し、道路も通れない、岸壁も壊れ、船も着けられない、そんな状況でした。僕等の先輩方がつくってきた社会基盤がバタバタと倒れたのをみて、ちゃんと研究しなければいけないと思いはじめたのがきっかけです。どちらにしても、土木工学は工学のなかでも社会との接点が見えやすかったというのが理由ですね。

頼本
 社会のために生きる姿勢はずっと変わっていないんですね。 お父さんの存在が憧れだったんですね。

松村
 どうだろう、そうなのかな(笑)。

 

 

2.ある本との出会い

山根
 いま取り組まれている研究とは少し違ったのですね。

松村
 そうですね、その時はロードプライシングという政策をシミュレーションで評価する研究をやっていました。環境、渋滞の改善などを目的にした政策の評価です。コンピューターの中では、ある道路を走るクルマに料金を徴収すると、迂回したり、交通手段を変えたり、自分の思ったように行動が変わるんです。

山根
 それが、今の研究の方向に少し変わってきた転機はなんだったのでしょうか。

松村
 実現が遠いロードプライシングを研究する意味について悩んでいる時期に、現実逃避でいろんな本を読み漁っていたんですね。そのときに、ハーバーマスの『コミュニケイション的行為の理論』という本に出会ったんです。こんな考えがあるんだと衝撃を受けました。この世の中は「行政経済の世界」と「生活世界」という2つの世界に分かれていて、行政経済の世界はお金や力でコントロールされ、生活世界はコミュニケーションによって作られる。双方のバランスが大切なんですが、行政経済の世界が生活世界を侵して、植民地化しているというんです。本来は善い・美しいという理由で存在していたものが、行政経済の世界の速さ・安さに生活世界がどんどん侵略されてしまっている。それをもう一度コミュニケーションを活性化させることによって、自分たちの生活世界を取り戻そうという内容です。
 ハーバーマスは本を執筆しながら「自分で変えていく」という意識で実践もしています。彼は異分野の人とも積極的にコミュニケーションと熟慮を重ねていくんですね。そうした姿勢をみて、自分が専門にしている土木計画の分野でも、コミュニケーションを通して、その人の考え方や行動がその人にも社会にもよりよい方向に変わっていくというアプローチもあるのではないかと思い始めました。

頼本
 社会のために生きようという原点と、先への道筋がこの本で見つかったんですね。

先生の宝物


松村
 自分が大切に思っているものは、生活世界の方じゃないかと感じました。
 僕がロードプライシングを研究していたときの人間像というのは超合理的な人間なんです。車で行ったら150 円で20 分、電車で行ったら160 円で15 分、というように、厳密にお金や時間を勘定できる人間を想定してモデルを作っていました。こうした人間の想定からいくら工夫してもおかしいのではないかと思い、情報提供によって意識と行動が変わるかもしれないと試行錯誤をはじめました。それで、当時あまり普及していなかったバスマップをつくって、実験的に市役所の転入窓口で転入者の方々に配布してもらいました。そうするとバスマップをもらった人はその後の行動が大きく変わったんです。
 バスマップをもらった人はもらわなかった人と比べてバスの利用頻度は1.5 倍になりました。しかもその効果は少なくとも3年間は確認できました。意気揚々と学会でその結果を発表したのですが、その当時はあまり受け入れられませんでした。それで、まだ若かった松村はこういう研究はよくないのかなと人知れず思っていました。そんなときにアンケートに協力してもらった人からこんなハガキをもらったんです。「この度はたいへん便利な資料をたくさん送っていただきまして誠にありがとうございました。車の免許のない者としてはまさに必需品。乗り物にまつわる思い出を娘にいっぱいつくってあげられます。」という内容でした。私が公共交通を応援している理由は、「乗り物にまつわる思い出」に象徴される生活世界が公共交通の空間にあるからです。ですから、ハガキをもらって「私がやりたい事が利用者に伝わったんだな」と実感しました。松山では電車の中でおばあちゃんが隣人に話しかける光景をよく目にします。高校生が試験勉強をしているのに隣のおばあちゃんが「なに勉強してるの」と話しかけていて、周りがほのぼのしてるんですね。そんな空間を僕は大切にしたいと思います。

 

 

3.私たちの生活世界

頼本
 現在はどのような研究をされていますか。

松村
 今やっている研究の一つは小学生の通学路での行動の観察です。彼らは物の見方が多様なんです。例えば歩道の落ち葉を小学生がわざわざ踏んでいくとかね。街路樹の落ち葉というのは近所の人にとって基本的に迷惑なものなので、すぐに行政が掃除をしてきれいにするのですが、小学生たちはそれを楽しんでしまう。踏んでカシャカシャと音を楽しむ。モノの見方が変われば、楽しさを提供できる空間になるんです。だから子どもの行動に学んで、子どもたちの通学路の遊びを観察してデータを集めています。
 他には公共施設ってなんだろうという研究もあります。図書館を例にとると、単に貸出の冊数が増えたら「いい施設」というわけではないですよね。貸出冊数が増えなくても公共空間として利用されてたらOK だと思ったんです。午前中に図書館へ行くと、親父の世代のおじいさんが多いんですよ。彼らは現役の頃、家庭も顧みず、ずーっと外で働いてきた人達です。地元の地域との付き合いはおかあさんに任せてきた世代で、地元との関わりがうすい生活を送ってきた人が多いと思います。そんな人が退職して時間ができて有意義な時間を過ごそうと思ったとき、関係が薄い地元にいるよりも図書館にと思う気持ちはよく分かります。図書館は自分を肯定的に捉えることができる貴重な場所の一つになります。そうしたことをヒアリングやアンケートから検証していっています。図書館は一つの例ですが、色々な人に開かれている生活世界が色々な場所で確保されないといけないと思うんです。それが公共施設の役割の一つでないかと。そういう点からいうと、松山は商店街の裏路地のカフェや繁華街のスナックやバーなど交流施設がたくさんあって生活世界にあふれたいい街だと思います。

 

 

4.「好き」が本当の自分を作る

頼本
 では大学生たちに向けて、研究を通して伝えたいことをお願いします。

松村
 自分の好きなものを分かってほしいですね。「自分はこんなモノやコト、考え方が好きなんだ」という感覚、自分のツボが分かる感じでしょうか。その感覚をつかんでないと、社会に出たときに言われたことしかできません。しかもやらされ感しか残りません。70 点の仕事を10 本抱えても面白くないと思いますが、その中に1本でも120 点かなと思える仕事があれば全然違います。120点を目指すというより、「面白いな」と思う方向に自分で動かしていくことによって、結果的に120 点になったという感じでしょうか。いずれにしても原動力はやはり「好き」だと思うんです。

山根
 そのツボを見つけることが今後を豊かに、心を豊かにしていくということですね。

松村
 はい。それを見つけるのが大学生の一番の仕事だと思うんですよね。高校までは親の監視下にありますから、親や先生が良しとする行動をとる子が偉いとされます。しかし監視が外れると生身の自分になり、初めて「自分が好きなものって何だろう?」という疑問が生まれます。その時に身のまわりのモノ一つ一つを自分の好きなモノに変えていく快感を得てほしいのです。

頼本
 ずっと大人の指示に従ってきたから、それができない人もいると思うんです。そんな人はどうしたらいいと思いますか。

松村
 なんでもいいから好きなモノを選ぶことから始めてみてください。例えば、映画でも周りが見るからとかではなく、「好きかな?」と思う映画を選ぶ、シャープペンシルも自分のお気に入りの一本を選ぶ。こうしたことを続けると自分の好きの共通点が段々と分かってくるはずです。まずは目に見えるモノから始めて、出来事や本を通して好きな考え方がつかめるといいですね。好きをあまり奨励しない風潮があるのに突然「好きなことをしていいよ」って言われるからまごつくんです。ですから松村研究室の卒論は好きなテーマに取り組んでもらっています。学生が好きな事をやっていると感じる経験は大きいですね。そうでないと世の中に出ても指示待ちの人間になってしまいますからね。

山根
 達成感はあっても、後からあれっと思うかもしれないですね。

松村
 研究は作業量じゃないんですね。データの入力や分析は単なる作業ですから、最初のアツい思いから仮説を鍛える思考のプロセスが一番の醍醐味だと思います。

頼本
 苦しんでこそ愛着がわきますね。

松村
 そのプロセスは好きじゃないとできないと思います。最初は何気ないものでも好きなモノにしていく感性を磨いてください。

山根
 頑張ります。

松村
 これからの世の中、何でもできますよ。これまでの20年よりこれからの20年の方が楽しくなります。いくらでも生き方はあります。自分の好きなモノやコトにする感性を磨いてやれば絶対何者かになれますよ。その時、自分の好きとよい社会が同じベクトルにあってほしいと思います。
 
(収録日:2017年12月13日)

 


対談を終えて

 生活世界というキーワードから『この世界の片隅に』をふと思い出しました。生活世界は、誰にでもある日常であり、自分たちで作り上げられる。すっかり忘れていたなぁと考えながら先生の話に聴き入っていました。
 松村先生とは読書会で出会い、「もっとお話ししたい!」と思い、今回インタビューさせてもらいました。みなさんの「好き」がどんな未来を築くのでしょうか。私も引き続き、どんどん見つけていきます!
(頼本奈波)
 

 技術の進歩により自室にいながら何でもできる時代になりましたが、だからこそ行動を起こすことで得られるスキルや経験もあると思います。自分一人で完結するにはもったいないほど世の中は広いのですから、外に出ていろいろな人と話し、多くの体験をしてみたいと強く感じました。今回このインタビューの機会を与えてくださり、本当にありがとうございました。貴重なお話が聞けて、とても楽しい時間を過ごせました。

(山根佳子)

 

コラム

理想の交流の場づくり
先生の原点となった本

理想の交流の場づくり

頼本
 以前、生協で開かれた読書会のなかで、松山に共有空間をつくって色々な人がお店を出してそこを交流の場にしたい、とおっしゃっていましたね。その話をもう一度聞かせていただけますか。

松村
 「みんなの広場」を松山市がつくったのも、交流の場を作るためなんですね。実際に広場があるのは、商店街のすぐ裏のところ。土地の所有者の儲けだけを考えたら、お店にするかお店ができるまで駐車場にしたほうが得になります。でも松山市はそこを実験的に芝の広場にしています。広場そのものが交流の場所になって、これまで寄りつかなかった人がやってきて、ひいては商店街全体にいい効果を及ぼす、儲かるという考え方をしています。僕も中期的な観点から広場のような生活空間がまちなかにあるということが重要だと思っています。これから松山の商店街が変わっていくので、そこに理想の空間を作っていきたいですね。例えば、広場に色々な人たちに日替わりで出店してもらって、小さいけど面白い場所を増やしていけるといいですね。

山根
 それは一日契約を想定しているのですか。

松村
 例えば、月曜、水曜のみとかね。そしてその場所のコントロールを、商店街だけではなく市民が関わって担っていけるような仕組みがあると理想的ですよね。例えば、「こんな企画がおもしろそうだ」「じゃ、この人に頼もうよ」といったやりとりで決まっていくと、場所の使い方を考える人、商売をする人、そこに来る人の敷居が低くなって、多くの人にとっての好きな場所ができるだろうなと思っています。出店したいと思っている若い人たちもけっこういると思うんですね。パンケーキ屋さんでもいいし、なんでもいい。「ちょっとしたものをやりたい」という気持ちから始まる何かがあるでしょうし。そこで人材をつくりながら商店街で商売をやりたいという人がいれば、商店街に紹介する。そんないい循環を生み出していきたいですね。
 

先生の原点となった本

山根
 先生の好きな本はどんな本ですか。

松村
 一番は『代表的日本人』という内村鑑三の本かな。西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人のすごい所を内村鑑三的に書いています。単なる偉人伝ではなく、彼らの特性をタイプ分けしているんです。自分はどの偉人のタイプが好きかなと考えると面白い。僕は中江藤樹ですね。なるほどと思った箇所を紹介すると「学者とは『徳』によって与えられる名であって『学識』によるものではない。学識は学才であり生まれつきその才能を持つ人が学者になることは困難ではないが、いくら学識に秀でていても徳を欠くなら学者ではなく、学識があるだけのただの人である。徳を備えた人はただの人ではない、学識はないが学者である。」いいでしょ。
 社会一般もそうでしょうけど、大学は特に知識、学識があるだけで自分は学者だという人たちは多いと思います。中江藤樹はそういう人達を「徳がなければ学者ではない」と一刀両断にするわけですね。大学の先生って括弧付きの学者かもしれませんが、その中身は研究者か教育者か中途半端じゃないですか。その宙ぶらりんな状態の中でどこにアイデンティティを持つかは、自分で決めないといけないんですね。その時に徳が重要だという考え方を教えてもらったのは、自分の原点かもしれません。その他、紹介されている偉人でいうと西郷隆盛というタイプは、大学でのポジションでいうと学長ですね。マネジメントをする。色んな人と寄り添いながら自分の思いを遂げる。思いを遂げられなければ自分で責任をとる。上杉鷹山は参謀かな。この本は「自分はどれに共感するのか」と探してみると面白いですよ。

頼本
 心理テストみたいですね。

松村
 心理テストとして読んでみて、自分の将来を決めてみてもいいんじゃないですか。学生にも大人にもおススメです。中身が濃いにもかかわらず、読みやすい本ですよ。
 

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