【特集①座談会】書籍・教科書のスタディ・エッセンシャルズ
~学びの基礎~

書籍・教科書のスタディ・エッセンシャルズ ~学びの基礎~
出版市場の構造的縮小と相まって、大学生協における書籍・教科書事業も縮小傾向にあります。
こうした中で大学生協はこの状況を打開するため、自らの使命を念頭にどのような取り組みを進め、
大学教育においてどのような役割を果たし、そのプレゼンスを再構築していけばよいのか。
大きな転換点に立つ今、進むべき方向性を探るべく、キーパーソンの皆さまにお話を伺いました。

座談会メンバー

楜澤 能生 先生

楜澤 能生 先生

早稲田大学 法学学術院 名誉教授
(大学生協事業連合 代表理事・理事長)

只友 景士 先生

只友 景士 先生

龍谷大学 政策学部 教授
(全国大学生協連 全国教職員委員会 委員長)

松本 一郎 先生

松本 一郎 先生

島根大学 教育学部 教授
(大学生協中国・四国事業連合 代表理事・理事長)

【司会】常務理事 吉山 功一
全国大学生活協同組合連合会

 

書籍・教科書事業の今と学生たちの事情

 

吉山:2025年の全国大学生協連の理事会において、年々縮小傾向にある書籍・教科書事業について話し合われました。大学生協としてはその結果を受け、全国の組織委員会である教職員委員会や学生委員会、院生委員会、留学生委員会の皆さんと共に改革を進めていきたいと考えています。本日先生方にお集まりいただきましたのは、大学生協の「再生」を掲げた「大学生協2030Goals」※1を念頭に具体的な取り組みのヒントを得たいとの思いからです。まずは、事業連合の理事長でもあられる楜澤先生からそのあたりのお話をいただけないでしょうか。

※1 大学生協「再生」と「2030Goals」は、コロナ禍で経営的にも組織的にも甚大な影響を受けた大学生協が、存続し大学コミュニティに貢献し続けるため、2030年までに成し遂げるべき具体的な目標(Goals)を設定し、目標達成のための行動指針を明らかにしたもの。2021年12月の全国大学生協連第65回通常総会で基本政策が決定された。

 

楜澤書籍・教科書の提供は、大学生協の最も重要な使命の一つです。その前提に立てば、困難でもその使命に挑戦していくというスタンスが欠かせません。学生が書籍を購入する動機の多くは、ゼミを担当する先生からの働きかけであり、「ゼミではこの書物が必須の参考文献である」ということを大学生協にきちんと伝えて、あらかじめ用意してもらう体制を作っていくことがどうしても必要だろうと思っています。 一方で教員の方から「これ買いなさい、あれ買いなさい」とはなかなか言い難い事情があるのも事実です。全国大学生協連による「第61回学生生活実態調査(2025年秋実施)」によれば、1人暮らしの学生の月の収入が138,070円で、そのうち食費が29,853円、携帯電話などの電話・通信費が4,315 円、書籍費にいたっては990 円と、電話・通信費の4 分の1 以下であり、書籍費は2016年以降初めて1,000円を下回りました。これは自宅生でもほぼ同じです。物価の高騰が進んで、学生の生活も苦しく、節約志向が強まっていることは確かで、教員は本を買えとは言いにくい。

でも、ここで発想を変えなきゃいけないと思っています。食費と書籍費を節約の対象としない、新たな学生生活様式を大学生協が提案できないだろうか。そのモデルになり得ると思うのが大学生協の「ミールシステム」※2です。ミールシステムに相当するシステムを書籍・教科書の分野で作ることができれば、一つの突破口になるのではないでしょうか。

※2 ミールシステムは、約1年分の食費を事前に大学生協に預けていただき、1日あたりの限度額まで何回でも生協食堂などを利用できる、安全・健康的な大学生活を応援する「食の年間定期券」。

 

只友そもそも学生たちが履修する際に、教科書を買わなければいけないかどうかが授業選択の基準の一つになっているということがあります。教科書を新たに作るにしても冊数や価格設定など戦略的な要素が加わってくるという状況もあり、先生によってはパワーポイントで資料を作って、それを配布しているケースもあります。楜澤先生がおっしゃられた書籍版のミールシステムは「なるほど」と思いました。3〜4万円程度のスタートアップ分を設定するなど、最初の教科書や参考書籍の購入を促進するような取り組みがあっても面白いですよね。

 

松本私の地球惑星科学の世界でも、必要な専門書の数は私が学生の頃に比べて10倍以上に膨らんでいます。当時は必要な専門書をすべて買って勉強しましたけれど、価格高騰の現代にあっては学生にそうした負担を求めることは現実的ではありません。私は医学部ではありませんが、あの分厚い医学書の中には1冊10万円や20万円といった高額なものもざらにあります。だとすると、手元に置いておきたい書籍は紙媒体で残しておきつつ、その他のものはデジタルで対応するという新たな方向性を学生に提供していくべきだと思っています。

私は島根大学でSDGsに関する授業を受け持っているのですが、約1,300名の学生がこの授業を受けており、ほとんどの学生がパソコンかタブレットを使用しています。こうした流れもあって、現在デジタル教科書の制作を手掛けるとともに、この教科書は生協の電子書籍販売サイトで販売し、教員と学生は「EDX UniText」※3という電⼦書籍ビューア上で読み、活用できるようになります。このビューアは各大学のLMSとの連携も可能な仕様となっています。

デジタル教科書のプラットフォームはほしいけれども、なかなか予算が動かなくて困っている大学が多いとお聞きしています。もちろん、どの教科書でもできるわけではなく、内容をしっかり精査した上で、それを大学カリキュラムの中に位置付けながら実施していく。この島根での取り組みがモデルケースとなって、各大学でデジタルプラットフォームの導入が進んでいくといいと思います。

※3 大学生協は、電子教科書・教材ビューア EDX UniText、ブラウザ型電子辞書サービスDICTOOLを軸とした電子書籍事業を含む、デバイスの提供やサポートなども含めて学生自身が学びを高めることや大学教育に貢献する総合的サービスをuniv DECSとして推進している。

 

意思決定プロセスの変化に伴う民主主義の基盤の劣化

 

吉山:現在の書籍・教科書事業の縮小傾向は、大学生協における事業継続という問題以外にどのような懸念をはらんでいるのでしょうか。

 

楜澤もう一つ申し上げたいのは、民主主義の基盤が極めて劣化していることです。迅速な意思決定による効率化とそれに伴う競争力の強化のみが重視されて、課題に対して時間をかけて「熟慮(深く考え)」し「議論(話し合う)」を重ねて解決への道筋を導き出す「熟議」が軽視されています。国政のレベルでも、大学政策においてもこうした傾向は顕著に出ていると感じています。

教員は自分の専門研究はやるけれども、その専門研究が社会にとって一体どういう関係に立つのか。自身の研究や教育と関連付けながら、所属する大学の理念・理想をどう掲げていくのか。教員自身が専門書は読むけれども、 そういったことを考えるのに必要な本は買いもしないし、読みもしなくなった。教員がそうであれば学生もそうなってくるのではないかと思うわけです。大学生協の書籍・教科書事業には、劣化した民主主義を回復するという点においても極めて重要な意義を持っていると感じています。

 

只友授業にもよりますが、最近ではレポート試験をあまりやらないことにしています。生成AIがこれだけ普及してくると、生成AIを使える学生と使えない学生との差がありすぎて、使えない学生をあぶりだすのがせいぜいと考えるからです。生成AIが使えるか否かを問うだけならよいのですが、我々が求めているのはそうではない。重要なのは楜澤先生から問題提起のあった民主主義との関係であり、私たちが大学教育で何を実現していくのかということです。それは、国づくりであり、社会づくりであると。学問をやることの意味、大学人が大学人たるとはどういうことなのか。何のためにこの職に就き教育をしているのかを考えなくてはいけない時代だと思います。民主主義との関係でいけば、ひょっとしたら大学教育そのものが劣化を生み出しているのではないかとまで考えてしまいます。

そういう意味では、書籍・教科書事業の再生であると同時にその中から大学教育そのものの再生を大学生協の側から働きかけていくことができたらと思っています。私は学生理事をやっていた時から生協に関わってもう40年近いのですが、これまでの経験から感じているのは、大学生協の経営がうまくいってない時というのは、実は大学もうまくいってない時が多いのではないかということです。学生の頃、書籍の売り上げが大幅に増えたことがありました。皆が不思議がったのですが、答えは簡単でたまたま何人かの教員が専門書を出して、それを教科書に指定したからでした。ただ、40~50代のやる気にあふれた先生が自分の専門書を書き上げて、それを世に問い、それに基づいて教育をしているからやはり教室が熱い。その先生の授業に学生たちが集まることで、大学生協の書籍部の売り上げも上がっていった。だからこの事業の再生がもしできたなら、それは大学教育の再生ができた時ではないか、と思っています。

 

松本只友先生がおっしゃられた通り、やはり授業の中で学生を掴むことが再生の第一歩であるということに間違いはないと思います。その上で深淵なる専門性が持つ魅力に引き込んで、さらには楽しんでもらう。そして、いずれは自分の専門を引き継ぎ、より発展させてくれればと。そういった研究教育の成果こそが、授業における私たちの神髄と言えます。

 

重要なのは、それぞれの大学・学部で異なるファカルティ・デベロップメント

 

楜澤いろいろなお話をお聞きしましたが、それぞれの大学や学部における教育方法と書籍の提供がやはり密接に関わっていることは確かですね。そこで重要になってくるのが、それぞれの大学・学部におけるFD(ファカルティ・デベロップメント)だと思います。

 

吉山:FDというのは、教員の方々が行う授業内容や方法を改善・向上させるための取り組みということですね。

 

楜澤2007年から大学設置基準によって全大学で義務化されていますが、必ずしも統一されたものではなく、それぞれの大学・学部ごとに異なる、実に多様なものだと思います。本来、FDの主体は教員ですが、本日のテーマであるスタディ・エッセンシャルズを推進していくためには組合員でもある教員が大学生協と一体となって、FDの方向性に合ったICT化の推進、教材の提供の仕方などについて取り組んでいかなくてはいけないと思います。松本先生がおっしゃられた紙を残しながらデジタルをどう活用するかについてもおそらくそれぞれのFDの中でなされることだと考えます。しかし、そうはいっても基本的な考え方については統一した見解が必要なので、議論が求められます。

 

吉山:それぞれの大学・学部ごとに多様なFDが考えられるとのお話でしたが、具体的にはどのような違いがあるのでしょうか。

 

楜澤私が教鞭を執っていた法学部を例にとると、基本的に法学は体系的な教授を必要とする学問です。だから昔から1年を一つの単位として教えてきました。それが時代の潮流によって前期と後期に分かれ、さらにクォーター制へと話が進んでいます。 クォーター制は、体系的な教授に適合しません。そういう意味では、法学部ではクォーター制を前提としたFDにはなりにくい、と考えています。しかし、そうじゃないところはクォーター制にしないと留学もできないし、留学生の受け入れもままならないということになるわけですね。

 

松本私が所属している教育学部には様々な分野の教員がいて、私の専門は地球惑星科学ですが、体育でダンスを専門とされている教員もいて、そこにはやはり大きな違いがあります。FDを進めるうえで大切なのは、その違いにきちんと着目し、より良い方向性を示すことだと考えています。

 

只友私が大学で教養教育の改革を行った時に力を入れていたのは、学部の専攻科目を他学部にも開放してもらうことでした。学部によって開放に応じられたり、応じられなかったりするのですが、よくよく精査すればできる科目はあるはずです。FDの観点でいえば、教学マネジメントを進めていくうえで個々の課題を解決するというFDと、そもそも大学教育の目的をきちんと達成できているかどうかを考えるFDがあって、それらを重層的にやっていくことが重要です。もちろん、それは各大学や各学部で直面している課題が違うので多様であろうと思います。紙をどこまで残すか、ICT化をどう進めるのかについてもFDの観点で考えればそれぞれ違うのではないかと思いますね。

 

AIネイティブ時代の到来を見据え、大学教育と大学生協はどうあるべきか

 

吉山:これからの学生は「デジタルネイティブ」から「AIネイティブ」へと移行していきます。こうした流れを前提にどういう教育をしていくのか、どういう人材を社会に送り出していくのか。最後に一言ずつ、コメントをいただければと存じます。

 

楜澤AIは一つの方法であり手段に過ぎないのですから、そのAIとどのように付き合うべきか、それを使ってどのような教育をし、人材を育てていくか、また育てられるかについてはまだまだ未知数だと思っています。大学生協とも関係が深いCIEC※4でも検討を進めていただけるとありがたいですね。

※4 CIEC(コンピュータ利用教育学会)は、教育と学びにおけるコンピュータおよびネットワークの利用の在り方を研究し、その成果の普及を目的とした一般社団法人。

 

松本AIはやはり諸刃の剣、使い方によっては自分たちを傷つけてしまう可能性があります。ただ一方で、より良い方向へと自分たちを導く可能性を秘めているものでもあります。いずれにしても、これからの大学教育を語るうえでAIの存在を無視することができないのは事実です。つまり、自分たちが考えているシステムをきちんと働かせて学生教育を進めていくためにもAIが必要であるという認識が必要だと思います。そうした姿勢からAIネイティブの学生たちとも真摯に向き合いながら知見を深め、広げていくことができればと考えています。

 

只友楜澤先生と同様、AIを高等教育にどう使うかということについてはかなり未知数だと思っています。我々とは異なり、今の学生たちはデジタルネイティブなので、彼らは彼らなりに理解はしているのでしょうが、ICT化がますます進展することによって、彼らの学びが変わりゆくなか、真に必要な力をいかに獲得してもらえるのかという課題が今起きているのではないかと思っています。AIを使って仕事をするということと、AIを使って自分の考えを構築することは、また別の問題であることを、学生自身がいかに理解することができるかが重要になると考えています。それとのリンクの中で大学教育を変え、その結果として大学生協の書籍・教科書事業がうまく機能することができればよいのではないかと思っています。

 

吉山:お話を伺っていて大学生協が大学の政策を直接担うことができるわけではありませんが、書籍・教科書事業を展開するうえでAIなどの新たな取り組みを通じて、教員の皆さまの負担軽減や学生たちの学びをサポートできる部分があるのではないかと感じました。本日はありがとうございました。

 

書籍事業の再生から、「学びの基礎」を問い直す

大学生協事業連合 専務理事 白取 義之
大学生協事業連合 専務理事
白取 義之

座談会で交わされた議論は、大学生協の書籍事業にとどまらず、「大学教育そのものへの問い」へと自然に広がっていきました。学生の書籍費支出は、「第61回学生生活実態調査(2025年秋)」によると、自宅生・下宿生ともに1カ月1,000円を下回っているという現実。教員が学生の経済状況に配慮し、本を勧めにくくなっている状況。そして生成AIの急速な普及によって、学びのかたちが大きく変化しているという認識。どの発言からも、「『学問を通じて社会と向き合う力』の揺らぎ」という根源的な問いがにじみ出ていました。効率が重視される時代にあって、時間をかけて読み、考え、議論する営みは周縁に追いやられていないか。読書時間の減少は、大学における対話や熟議の基盤の弱まりと無関係ではないのではないか。そうした危機感が共有されていたように思います。

私たちは書籍・教科書事業を「スタディ・エッセンシャルズ(学びの基礎)」と再定義しました。目指すのは、学生の学びの習慣を転換することです。ミールシステムが学生の食習慣を支えてきたように、「学びへ投資する習慣」を支える。書籍購入を一過性の出費ではなく、勉学生活の基盤として捉え直す流れをつくります。

そのために、教科書を中核に据えながら、教養書や参考書を組み合わせた新しい提供の仕組みを構築します。展開は紙と電子の両輪で進めます。思考を深める紙の価値を大切にしつつ、アクセス性に優れた電子の利点も活かす。学びの目的に応じて最適なかたちで届けることが重要です。

大学生協の事業が変われば、学生の習慣が変わり、大学での学びもより豊かになる。スタディ・エッセンシャルズは、その循環を生み出すための挑戦です。

先生方は口をそろえて言われました。「事業再生に呼応する『教員による運動』が必要だ」と。教員は学生の鏡であり、何を読むべきかを示す存在です。生協は、その営みを支える事業体です。

この取り組みは、大学生協の常勤役職員だけで完結するものではありません。それぞれの立場で学びを支える方々とつながりながら、少しずつ育てていくものだと考えています。共にかたちにしていければ嬉しく思います。

 

CONTENTS

【特集】ICTの進化がもたらす書籍事業と大学教育の岐路