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アンドロイドへの手紙
クララへ
『クララとお日さま』(カズオ・イシグロ〈土屋政雄=訳〉/早川書房)は、私が今まで読んだ本の中でも特に心に残っている一冊です。架空の近未来が舞台でありながらとてもリアルで他人事とは思えない、様々な視点で深く考えさせられる物語だと感じました。知性とは、愛とは、人間とは。そして幸せとは。クララ、あなたに聞きたいことや物語から感じたことを少し、この手紙に綴りたいと思います。
あなたは人工知能を搭載した少女型アンドロイドで、病弱な少女ジョジーのArtificial Friend(人工親友)となりましたね。彼女にとって何が最善であるかを常に考え、優れた観察力と学習力を活かして献身的に支える姿はとても健気で、あなたがプログラムされたロボットであるということを何度も忘れてしまうほどでした。そしてあなたの活躍により、ジョジーは奇跡的に快復しますが、皮肉にもあなたは不要になって捨てられてしまいます。この理不尽な状況でもなお、廃品置き場に放置されたあなたが「わたしには最高の家で、ジョジーは最高の子です」、「ジョジーに何が最善かを考え、そのために全力を尽くしました。いまでもよく考えます」と幸せに満ちた様子で、無償の愛を注ぐ姿に胸が痛みました。
ジョジーの母親があなたに託したとある“思い”を知ったとき、なんて独りよがりで残酷なのだろうと思った自分がいました。でもそれと同時に、自分が傷つくことはとても怖いし、頭では正しくないとわかっていても現実から目を背けたくなる時がある、回り道をしながらも必死に前を向く……それも人間らしさであると感じました。
私は、人工知能が人間の感情を理解することは難しいだろうと思っていますが、あなたが的確に心情を推察したり、傷ついた人々の心にそっと寄り添い背中を押したりする場面がたくさんありました。あなたは「心」について、そして「人間」についてどのように感じているのでしょうか。あくまでもプログラムされた通りに、「ジョジーが幸せに生きるためには」という問いに対して高度に導出された解に基づいて行動しているのでしょうか。あなたの「ジョジーを特別にするものは、ジョジーの中にあるのではなく、ジョジーを愛する人々の中にある」という言葉が忘れられません。
あなたはこの物語を通して、私たち人間が自分自身を客観的に見つめる機会を与えてくれました。これからも私たちは様々な問いと向き合い、考え続けるでしょう。
高津咲希
杳子へ宛てた手紙

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