Essay 心に残るコメントカードを書く

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媒介としてのことば

辻 彩佳

 
 「せずにはいられない」というのは、誰しもあるものだと思う。
 節制しないと、と分かっているのに、食べずにはいられない、とか。思い立ったが吉日、でぜんぶ放り投げて弾丸旅行に出てしまう、とか。心の奥底から顔を出す、じり焦がれた感情。読むという行為は私にとって、そんな「せずにはいられない」ことの一つだった。しばらく本を読まないでいると、すれっからしになって言葉の海を放浪したくなる。小中高と進むにつれ、まわりの人びとが本を手に取らなくなっても、生活の一部として読書はあり続けた。
 「読まずにはいられない」に「書かずにはいられない」が加わるきっかけとなったのは、高校時の学校図書館の「本の感想アンケート」だった。本をカウンターに持っていく度、司書の先生や図書委員が挟んでくれる一枚の紙。ここに感想を綴ると、一定期間図書室の掲示板に掲示してもらえる。時には図書館便りに載せてもらうこともあった。たまに載るとやはり嬉しくて、特に印象深い本は頭をひねって感想を書いた思い出がある。
 そんな訳で、大学入学後、生協の売店で「読書マラソン」のポスターを見かけた私は、迷うことなくエントリーを決めた。読書マラソンは、読書記録としての役割を果たすだけではない。毎月公開される本の感想を通して、他の同年代がどんな本を読んでいるかを知り読書の幅が広がる。また、ナイスコメントに選ばれたり、一定の冊数に達したりすると図書カードなどのプレゼントをいただくこともできる。本好きには一石二鳥どころではなく、私の脳内では何羽もの鳥がバサバサと旋回していた。奇しくも私の入学した昨年は、ちょうどWebをとおしたコメント投稿型に大きく舵が切られた時期。本を読んでからすぐパソコンで投稿できる手軽さに、いそいそと感想を送り続けた。
 私が読書マラソンを続けるにあたり、心がけていることは2点ある。
 ひとつ目は、きわめて個人的であることだ。
 私は本を閉じて、最初に浮かんだ言葉を大事にしている。次に、自分の胸を満たすものが何なのか、もう一度ページをめくって確かめる。喜び、怒り、哀しみ、感動。話題作や名作であることを差し置いて、自分がどう感じたのか。まずは、その感情を丁寧に言語化してみる。それは、作者をはじめとする一冊の本を生み出した人たち、そして読み終えた自身に対する私なりの誠実さのかたちでもあった。最初からまとまった文章である必要はなくて、「ありがとう」という言葉や、自分の弱さを突かれた時の気まずい痛み。それらをぽつぽつと書いて少しずつ膨らませていく。心に響いた台詞を入れることもある。感情の根っこにあるのは、自分自身の原体験であることも多く、本に手を伸ばした経緯まで含め読書体験だから、きっかけを書いたりもする。最終的には、150字以上250字以内という文字数制限に合うように調整していく。
 「心に残るコメントを書く」というテーマでこのエッセイの依頼をいただいた。誰かにとって心に残るコメントカードを書くということは、自分にとっても何か痕跡を刻むものでなくてはならない、と私は思う。自分の心に爪痕を残すものでなくて、どうして他人に印象づけることができるだろうか。
 ふたつ目は、これが最も重要だと思うのだが、本と自分との間に立つことである。
 案外、きわめて個人的な感覚は、普遍的なこともある。一方で、きわめて個人的な文章である感想を他人に届けるためには、受け手に対する心遣いが必要だ。具体的には、投稿前にはかならず、読了してしまったが故に、当然視してしまっていることはないか、を確認する。文と文との間に飛躍がないかに注意を払い、読み終えた私には自明の前提であっても、初めて読む人に正しく伝わるよう工夫する。
 0から1を生み出すことが、作者のお仕事だとすれば、コメントを書くことは、1から10、10から100へと思いを膨らませて、誰かに届けることだと思う。こんなイメージをすることもある。私は作者からボールを受け取る。そのボールをぽんっとまた別の誰かに渡す。やわらかく放つのか、剛速球を投げるのかは自分次第。中継地点で、作者と、その本を必要としている誰かとの間をつなぐような、そんな言葉を目指して、私は投稿を続けている。
 言葉を媒介として思いを届ける読書マラソン、あなたもこの春始めてみるのはいかがだろうか。
『すべての、白いものたちの』
ハン・ガン<斎藤真理子=訳>/河出書房新社

 決然とした孤独のなかで、かじかむ手を白い息であたためるように、慎重に、大切に綴られた言葉たちだと思った。
 おくるみ、うぶぎ、しお、はくもくれん……彼女の綴る白いものたちが心にしみわたっていく様は、雪が地面にしんしんと吸い込まれていくのに似ていた。いつ、どこで、誰との関係性を保ちながら、あるいは失ってから手に取るのかで、この本は表情を変えるだろうという予感がした。
 「生は誰に対しても特段に好意的ではない。それを知りつつ歩むとき、私に降りかかってくるのはみぞれ」。やるせなさと救いを同時に感じる一節。
『アルジャーノンに花束を』
ダニエル・キイス<小尾芙佐=訳>/ハヤカワ文庫

 32歳になっても、幼児の知能しかなかったチャーリイは、脳外科手術により、超知能をもつ天才に変貌する。
 最も印象的だったのは、天才になったチャーリイが、街中でかつての自分と同様の境遇の少年が笑いものにされている場面に居合わせるシーンである。チャーリイは、知らぬ間に自分が、笑っている側に加わっていたことに傷つく。人々が彼を笑いものにしていたことなど、この前までは知らなかったのに。
 このシーンは知的障がい者への差別に対する問題提起であり、無意識のうちに加害者になりかねないことを注意喚起しているように私は思う。
 
P r o f i l e
辻彩佳(つじ・あやか)
京都大学2回生。サークルで伝統芸能である能(観世流)の稽古に励む日々を送っている。寺社仏閣・古城など、古き良きものに心ひかれる。2024年度開催 第20回全国読書マラソン・コメント大賞 文芸部門金賞受賞。
 
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