Essay 文豪たちの友情
見知らぬ友よ、早くきたれ

特集「てのひらに文豪を」記事一覧

石井千湖(書評家・ライター)
 

見知らぬ友よ、早くきたれ

 
石井 千湖Profile

石井千湖 著書紹介


石井千湖
『文豪たちの友情』
立東舎/本体1,500円+税
彼らの関係は、とてもややこしくて、とても美しい——最近再び注目を集めている、日本の文豪たち。本書は文豪同士の友情にまつわる逸話を紹介しながら、彼らの人生と作品に迫るエッセイ集です。
 「萩原朔太郎は室生犀星のことを美少年だと思い込んでいたから、初めて会ったときはがっかりしたんだって」
 拙著『文豪たちの友情』(立東舎)のまえがきでもふれたが、大学時代の友人のこの言葉をきっかけに、わたしは近代日本文学史に名を残す人たちに惹かれた。教科書に載っているモノクロの写真しか知らない彼らの人間関係が面白いと思ったのだ。
 大正二年、朔太郎は故郷の前橋で親に養ってもらいながら詩を書いていて、同じ雑誌に投稿していた犀星の「小景異情」に感銘を受け、称賛と激励の手紙を送った。誰もが写真を気軽に撮れるような時代ではなく、ふたりはお互いの顔を知らないまま、言葉だけで友情を深めた。朔太郎は犀星の「青き魚を釣る人」を読み、美少年の姿を想像していたらしい。

 ほのかなるなやみのうちに
 ひと日過ぎゆきひと日しづかにかへりくる。
 魚はかたみに青き眼をあげ
 噴きあげに打たれかなしむ。


 という一連ではじまる詩だ。確かに青白く繊細な佇まいが思い浮かぶ。ところが、犀星が前橋を訪れることになり、待ち合わせ場所に行ってみると、古代エジプト人(!)のような奇妙な髪型の小男があらわれたという。犀星も朔太郎をキザで虫酸の走る男だと思ったそうだ。今でいうと、ツイッターで仲良くなったフォロワーと顔を合わせたら思っていたキャラと全然違っていた、という感じだろうか。
 裕福な医師の家に生まれて就職しなくても暮らしていける朔太郎と、生後まもなく寺の養子になり高等小学校を中退して働きに出た犀星。家庭環境も性格も対照的で、第一印象は最悪だったふたりが、お互いに文句を言いつつ「二魂一体」と認め合う親友になった。ともに孤独を持て余し、詩に夢中だったから。

 さびしい人格が私の友を呼ぶ、
 わが見知らぬ友よ、早くきたれ、
 ここの古い椅子に腰をかけて、二人でしづかに話してゐよう、
 なにも悲しむことなく、きみと私でしづかな幸福な日をくらさう、
 遠い公園のしづかな噴水の音をきいて居よう、
 しづかに、しづかに、二人でかうして抱き合つて居よう、
 (萩原朔太郎「さびしい人格」より)


 『文豪たちの友情』という本を書いて、いちばん実感したのは、詩歌、小説などの言語芸術には、さまざまな境界を越えて、人と人を結びつける力があるということだ。刊行記念のイベントに「これまで興味がなかったけど、この本を読んで犀星と朔太郎がかわいいと思って文学館にも行きました」という大学生の読者が来てくださった。ものすごくうれしかった。「かわいい」というのは、シンプルだけれど強い好感だ。自分にとってかわいい文豪を見つけていただければ幸いである。その先には、未知の世界が広がっている。
 例えば、志賀直哉が別の友人の家に行って自分に電話をかけなかったときに〈僕はおこつてゐる、ほんとにおこつてゐる、あとで電話をかけておこるが今はハガキで怒る〉という手紙を送った武者小路実篤。あるいは、これから新婚旅行に出かけるというのに一緒に行こうと川端康成を誘った横光利一。自分は病気で療養中なのに、田山花袋にうまい刺し身を食べさせてやりたいという国木田独歩。いずれの組み合わせも距離が近すぎて、ときには突飛な行動をとるけれど、純粋に相手のことが好きで、ともに過ごしたいと思っている。かわいくて、応援したくなる。もうずっと前に亡くなっている人なのに。不思議だ。
 文学という分野で今も読み継がれている名作を残した偉人と位置づけられている文豪にも、何者でもない若者だった時代があって、どれだけ話しても話したりないほど親密な友達がいた。そして、ライバルとして切磋琢磨しながら、いい作品を出したときは思いきり褒めた。何度ケンカをしても、相手がピンチに陥れば助けた。別れの日がくれば心から悲しんだ。
 もちろん実在の人物だから良い話ばかりではないし、戦争との関わり方など考えさせられる一面もある。でも、彼らの作品には時代が違っても変わらない感情が描かれている。書店や図書館の本のなかに、あなたの友達になる文豪がきっと待っている。探してみてほしい。  
 
P r o f i l e

石井 千湖(いしい・ちこ)
1973年佐賀県生まれ。書評家、ライター。早稲田大学卒業後、書店員を経て、現在は書評とインタビューを中心に活動。執筆媒体に「読売新聞」「産経新聞」「週刊新潮」「週刊文春」「小説すばる」「ダ・ヴィンチ」などがある。著書に『文豪たちの友情』、共著に『世界の8大文学賞』『きっとあなたは、あの本が好き。』(どちらも立東舎)。
 

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