Essay SFのすすめ この秋SF デビューしたいあなたに

特集「すこし不思議な物語」記事一覧

  • ケン・リュウ
    『紙の動物園』
    ハヤカワ文庫/本体680円+税
     
  • 劉 慈欣
    『三体』
    早川書房/本体1,900円+税

コニー・ウィリス
『ドゥームズデイ・ブック』(上・下)
ハヤカワ文庫/本体(各)1,100円+税

 「SF って宇宙船とか宇宙人が出てくるやつでしょ」と思う人は多いと思います。もしかしたら、それで敬遠してしまっている人もなかにはいるかもしれません。私も大学に入るまでは、SFというものは「スター・ウォーズ」や「エヴァンゲリオン」のようなものがすべてなんだろうなと思っていました。
 じつはそれは大きな間違い。SFには宇宙もロボットも出てこない、面白い作品がたくさんあるのです。SFは「サイエンス・フィクション」の略語ですが、『ドラえもん』などの素晴らしいマンガをのこした藤子・F・不二雄さんはSFを「すこし・ふしぎ」と称しました。つまりはちょっと不思議な要素があれば、それはもうSFだということです。
 宇宙や計算式が頻出するようなバリバリのサイエンス・フィクションはちょっと怖いけど、少し不思議な物語は好き。非現実的な物語に挑戦してみたい。そんな読者のかたに、SFデビューにおすすめの海外SF小説をいくつかご紹介させてください。
 まずはケン・リュウの短篇集『紙の動物園』。彼は中国系のアメリカ人で、すぐれた中国のSF作品を続々と英米圏に紹介・翻訳し、新しい風を吹き込んでいます(先日日本で刊行され、超話題書となっている劉慈欣『三体』もそのひとつ)。
 このところ翻訳者としての側面が目立っているリュウですが、彼はすぐれた短篇の名手。『紙の動物園』表題作は、SFの最大の賞であるヒューゴー賞・作家が投票するネビュラ賞・ファンタジイの最大の賞である世界幻想文学大賞を受賞、初の3冠に輝きました。
 中国人の母とアメリカ人の父のあいだに生まれた主人公。小さい頃泣き虫だった彼に、母さんが作ってくれたのは折り紙の虎や水牛でした。母さんの作る色とりどりの動物たちは、みんな命を吹き込まれて生き生きと動き出したのです。その動物たちが大好きだった主人公ですが、ある日の出来事を境に、動物たちとも、母とも距離ができて……。
 単行本刊行当時は「絶対電車の中で読んではいけない。号泣してしまうから」と言われていた本作。文庫本になって手に取りやすくなりました。表題作以外にも面白い短篇が6作収録されています。
 読みやすい短篇もいいけれど、じっくり腰を据えてエンタメを読みたいというかたに、おすすめ作品をもう一作! SF界の女王コニー・ウィリスの『ドゥームズデイ・ブック』です。文庫本の上下巻ですが、時間を忘れてあっという間に読めますよ!
 本書は《オックスフォード大学史学部》シリーズの第一長篇。今よりちょっと未来、過去へ赴くタイムトラベル技術が確立されて、オックスフォード大学史学部の学生たちは各自の研究テーマのために過去へ旅行して、その時代についてフィールドワークできるようになっているという設定です。主人公のキヴリンは実習で21世紀から14世紀に送られますが、中世に到着すると同時に病に倒れてしまいます。いっぽう彼女を送り出した側も、時間遡行担当の技術者がウイルスに感染、キヴリンの安否がわからなくなってしまいます。教え子をなんとかして救おうと、ダンワージー教授は孤軍奮闘するのですが……。ひとりぼっちで見慣れぬ土地に送られたキヴリンを描いた、先が読めないドラマチックな14世紀パートと、ダンワージー先生が頑張る、コミカルな21世紀パート(舞台であるイギリスのクリスマス・シーズンの描写が素敵!)が交互に語られ、ページを捲る手が止まりません。そして物語のクライマックスにあたるとあるシーンでは、私は流れる涙を抑えることができませんでした。人の心を揺さぶるすべての要素が詰まっている、まさに最高の物語です。
 著者コニー・ウィリスは数々の賞を受賞している、現代アメリカSF界を代表する女性作家です。ベテランが描き出すドラマをぜひとも楽しんでください。
 おすすめのSF作品を2作品ご紹介しました。ぜひこの秋に、SFデビューしてみてはいかがでしょうか。読んだらぜひ、感想を「#早川書房」でつぶやいてみてくださいね。

 

★こちらもおすすめ★

ジョン・スコルジー
『レッドスーツ』
ハヤカワ文庫/本体1,000円+税

やっぱりSFといったら宇宙でしょ! 派なあなたに。銀河連邦の新任少尉ダールは、憧れの宇宙艦隊の旗艦イントレピッド号に配属されるが、この世界はなんだかヘンで……? ハチャメチャに笑えて最後は泣ける傑作です。

ピーター・トライアス
『メカ・サムライ・エンパイア 上・下』
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日本合衆国軍人の両親を失ったゲーマー不二本誠は、皇国機甲軍の巨大ロボット「メカ」のパイロットをめざすが……!? 著者は日本のアニメやゲームに造形が深く、読みやすさ保証付き!

 

P r o f i l e

梅田 麻莉絵(うめだ・まりえ)
2006年より早川書房編集部勤務。海外SF部門担当。担当書籍にケン・リュウ『紙の動物園』、ジーン・ウルフ『書架の探偵』、劉慈欣『三体』など。

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