Essay フシギでふしぎじゃない神話のお話

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「そのころの世界には、さびしい場所は一つもありませんでした。」
(『ギリシア神話』(石井桃子=編・訳/のら書店)
 
 わたくし、おかしな子どもでして、確か小学三年生の頃には世界の古典を読まなければいけないとどこからか刷り込まれ、シェイクスピアとかオペラの原作だとかを手に取っていたものです。大抵青い鳥文庫でしたけどね。色々読みましたが、そのころ夢中になって今もお気に入りなのはギリシア神話です。
 小学生のわたくしが神さまたちのお話なら、その尊い姿をお見まごうと思って手に取ったギリシア神話、そのパンドラの箱を開けてみると、神さまたちは超自然的なパワーを使う一方で、案外人間くさいところを見せるのです。全能の神ゼウスは女たらし。女神さまたちは誰が一番美しいかで喧嘩している。神さまに品行方正を期待してはいけないのかと絶句しながら、古代ギリシャの神々やニンフ(妖精)、人間が繰り広げるドラマを楽しむ小学三年生のわたくしでありました。一方で、花や星座の名前もギリシア神話由来のものがたくさんあるとわかり、そういった自然・文化にも興味が湧いたものです。
 そんなわけで、わたくしの中ではずっと楽しい読書体験ともにあるギリシア神話でしたが、大学に入るころに、より広い意味での「すごさ」がわかるようになりました。
 例えば、大学で教養科目として美術論を取ったときのこと。その時のモチベーションは原田マハさんの美術を題材にした小説が好きだったという、それだけでした。しかし、西洋の絵画の伝統的なテーマとして神話の世界がずっと重要視されてきたと学んで、これは面白いと大興奮。神話画ではそれぞれの神さまに対応するモチーフがあって、ゼウスは鷲であるとか、アフロディテは鳩、など……。それらを見つけることで神さまや神話の場面を特定することができます。なんとなく世界史の資料集で上手だなと思って眺めていた昔の絵画が、子ども時代を彩ってくれた神さまたちをモチーフにしていると知って、神話は西洋の文化的支柱の一つなんだなぁという実感が湧きました。
 また、大学生になったし、ノンフィクションにも手を出してみようかなどと調べていると『神話の力』という本を発見。現代の世界を、伝説を含めた広義の神話からどう読み解けるか論じている一冊です。今と昔のつながりを神話から解き明かす試みを読み進めていくと、わたくしの引き出しの中でのギリシア神話が共鳴しているような気がしました。なぜなら、わたくし自身、本に書かれた神話の世界をめぐっていくうちに、こんな共通項にたどり着いたのです。
 神話では、当時科学的な説明ができなかった現象が超自然的な神さまのパワーや妖精の魔法として表されてきました。その一方で、古来から説明・記述できることもたくさんあったのです。その最たる例として人間の心を挙げることができます。ましてや、人間の感情はある程度ユニバーサルなもので、時代や文化、生活様式は違えど、恋心とか喪失感、対抗意識だとかは、ずっとあるものだと思うのです。だから、神話には科学的に見たらおかしな、不可解な要素がたくさんある一方で、昔から人と人が伝え合ってきたその中身は、全然ふしぎではないのかもしれません。ギリシア神話の神さまたちはそれぞれ個性的で、世界の人びとの縮図のようにも感じられます。文化的広がりを感じるほどまでいかなくても、誰でも神さまたちとつながりを感じられる。なるほど、ずっと語り継がれてきた価値がわかるような気がします。
 とはいえ、最初は小学生の日曜日の図書館遠征のお供だったギリシア神話が、他の芸術の楽しみ方となり、人類の理解にもつながり……とわたくしの精神世界をグッと広げてくれたことを考えると、やはり神がかった力があるのかなとも思えます。しかも、遠い国の古来のお話ですから、やっぱりこんな長い時を経て巡り会えたのはふしぎな奇跡なのかもしれませんね。
 ギリシア神話以外にも、日本を含め他の地域の神話や言い伝えもたくさんありますから、この関心を広げていきたいと思うものです。人間の心を知るには、または様々な文化のルーツを探るためには、深く、このふしぎな世界に浸ってみる必要性がありそうですね。
 

★本文関連の本★

  • 石井桃子=編・訳、富山妙子=画
    『ギリシア神話』
    のら書店/本体2,000円+税

     
  • 遠藤寛子=文、小林系=絵
    『ギリシア神話 オリンポスの神々』
    講談社青い鳥文庫/本体620円+税

     
  • 三浦篤
    『まなざしのレッスン 1』
    東京大学出版会/本体2,500円+税
  • ジョーゼフ・キャンベル、ビル・モイヤーズ〈飛田茂雄=訳〉
    『神話の力』
    ハヤカワ文庫/本体1,000円+税

P r o f i l e

任 冬桜(にん・とうおう)
社会学の修士1年生です。最近は人生っていろいろあるなぁと思いながらため息をついたりしています。それでも、辛い時のお供をしてくれる本の友達がいると、全然心持ちが違いますね。

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