Essay 古今東西妖怪のせい

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 それでは私からは日本独自の少し不思議な怪物、妖怪のお話をさせていただきます。タイトルを見て某妖怪アニメの歌を思い浮かべた方も多いのではないでしょうか。この「妖怪のせい」という言い回し、実は妖怪という存在の核心を突いた表現なのです。
 例えば、山彦について考えてみましょう。山や谷に向かって声を掛けると少し遅れてその声が返ってくることがあります。昔の人はこの現象を山彦と呼び、山の神や妖怪が返事をしていると考えました。樹木の精である木霊(こだま)の仕業とも言われます。ここで山彦の成り立ちを整理します。まず、不思議な現象としての山彦があり、それを「妖怪のせい」であると考えたのです。山彦は獣や鳥など様々な姿で伝えられていますが、そういった目撃談が先に伝わり山彦が生まれた訳ではありません。山から声が返ってくる現象への説明として、妖怪・山彦が誕生したのです。山彦は、現代科学により音の波の反響であることが解明されていますから、私たちにとっては単なる自然現象です。しかし、昔の人にとっては未知で不可解な恐ろしい現象だったのです。私たちにとっても未知の現象は恐ろしいものです。今よりも科学技術が未発達な時代、沢山の未知で不可解な出来事に囲まれていた人々は、それらの現象に名前を付け、妖怪として分類することでその恐怖を和らげようとしたのではないでしょうか。
 こうして不可解な現象の犯人として考え出された妖怪に後世の絵師や漫画家が姿や形を与えて、今の妖怪という存在が確立されました。皆大好き河童も同様です。河童が住まうとされる川は危険な場所で、急に流れが早くなったり、深くなったりします。子供や馬でさえも目を離した一瞬の隙に引きずり込まれることがあります。そうした水難事故への恐怖が河童という妖怪を生み出したのかもしれません。尻子玉を抜くという特徴もちょうど水死体からつながります。当初目撃されていた河童には甲羅や頭の皿がありませんでしたが、その後各地の水辺の妖怪譚と混ざり合い、また近世の空前の河童ブームの中で猛者と相撲勝負をしたり、いたずらを懲らしめられたりと武勇伝に使われ、庶民の間に現在の河童のキャラクターが定着していったのでしょう。
 似たような話はヨーロッパにもあります。第一次世界大戦中、戦闘機の故障が相次いでいました。パイロットたちはこれをグレムリンという妖精がいたずらをするせいであると考えたのです。道具は技術の発展に伴い、従来の一目で仕組みを理解できる単純なものから、電子レンジのように素人には原理はわからないが確かに便利に使えるものへと進化していきました。こうしてブラックボックス化していく道具はほのかに恐ろしさを漂わせています。当時は誕生したばかりで故障が多かった戦闘機に対する恐怖とパイロットのユーモアが合わさってグレムリンの伝承が生まれたのかもしれません。今でも機械やコンピューターが思わぬ誤作動をすることをグレムリン効果と呼ぶそうです。皆さんのパソコンが動かなくなった時もグレムリンがいたずらをしているのかもしれませんね。
 さて、未知の恐怖への説明としての妖怪という見方でもうひとつ、今度は比較的新しい妖怪・口裂け女を取り上げたいと思います。口裂け女とは昭和後期に都市伝説として全国的なブームになった、マスクの下に耳まで裂けた口を持つ女の妖怪です。ポイントとなるマスクは明治時代から日本で使われており、大正7年のスペイン風邪の大流行を契機に普及していきました。このマスクというものは病気の予防のほかに自分の中の病気を外に出さないためにも使われます。言い換えれば、マスクを着けている人は何か悪いものを内に持っている可能性を秘めているのです。また、マスクは顔を隠してしまいます。人間の脳は人の顔に強く反応するといいますが、だからこそ逆に顔が隠れている状態に不安を覚えるのではないでしょうか。さらに当時はまだ女性の社会進出が進んでいないため、夕方過ぎに若い女性が一人という状況は怪しさが増します。こういった潜在的な恐怖が、口裂け女を生み出したのかもしれません。

 以上、妖怪についての小話でした。昔の人々の恐れを通して当時の考え方や生活、文化等を垣間見ることができるところも妖怪の魅力のひとつです。もちろん妖怪については諸説ありますから、ほかにもいろいろな見方ができます。妖は人によりて起こると言いますし、人の数だけ妖怪も様々です。もし本稿に至らないところがありましても、それは「妖怪のせい」ということでどうぞよしなに。

P r o f i l e

笠原 光祐(かさはら・こうすけ)
千葉大学法政経学部4年。趣味とは裏腹に現実的な学問を学んでおります。小さい頃はお手洗いの壁の模様に巨人の顔に見える部分があり、怖くて目を合わせられませんでした。今怖いものは就職活動です。

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