Essay
水族館があるところに努力・友情・成長あり 

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Essay 水族館があるところに努力・友情・成長あり 
関 連 本

木宮条太郎
『水族館ガール ①〜⑥』
実業之日本社文庫
①・④・⑤本体639円+税
②・③本体620円+税
  ⑥本体667円+税
 長期のステイホームにより春に抱いていたやる気がどこかへいってしまった方も多い今日この頃。そんな皆さんに、熱い気持ちを思い出させてくれる小説が、この『水族館ガール』(木宮条太郎/実業之日本社文庫)です。お伝えしたいおすすめポイントは山ほどありますが、紙面の都合上、今回はこの小説の三大おすすめポイントをご紹介します。
 

 まずは「努力」。公務員として市役所に勤務していた主人公は突然水族館に異動することになり、体力勝負の飼育員として働くことになります。当然水族館員としてのスキルは皆無、海洋生物についての知識も一般人レベルで先輩職員たちから呆れられますが、館員として馴染めるように日々懸命に勤務します。そして、その姿を見た先輩たちは徐々に主人公に協力するようになり、その仕事を認めるようになるのです。最初は主人公のことを「お嬢ちゃん」呼びしていた館長が、最後には彼女をちゃんと名前で呼んだ時には思わずガッツポーズしてしまいました。水族館の仕事は一見特殊で違う世界のことのように感じますが、努力の大切さはどんな職でも共通です。専門的な技術の前提にあるのは基本的な努力の積み重ねなのです。読者はバイトや部活など、始めたばかりのころを思い出しながら主人公に親近感を持って読むことができます。最近勉強や部活・サークルへのやる気を失っていた人はきっとコツコツ真面目に努力することの大事さを思い出し、体がうずうずしてくることでしょう。

 第2のポイントは「友情」です。主人公はイルカの飼育員となり、イルカショーの成功に向けて特訓を始めますが、初めはイルカたちにいうことを聞いてもらえずに、からかわれ翻弄されてしまいます。そうして初めて出たショーは悲惨な結果になってしまいました。しかし、失敗する度に挫折しながらも主人公は次第にイルカたちの個性に気づき始めます。そして、彼らを「従わせる」のではなく、「協力」してもらうように意識し、それぞれが自然にパフォーマンスできるような環境を作り上げてきます。イルカと調教師は、上下関係ではなく対等に助け合う、まさに友情のような関係が求められていたのです。果たして主人公たちはイルカショーを完成させることはできるのか。実は1巻終盤のショーではハプニングが発生するのですが、その内容と結末は本編でご確認ください。

 最後のポイントは、「勝利」……ではなく、「成長」です。勝利の先にあるのは成長なので、ある意味某少年漫画雑誌の先を行っていますね。市役所時代はなんとなくルーチンワークを続けていた主人公は、水族館に配属されてからは一転します。周囲にどんくさいと言われながらも、かえってそれをバネに努力し、次第に仕事と真に向き合うようになります。主人公をやる気にさせたのは、仕事のやりがいと充実感なのですが、この小説のすごいところは作中で主人公がだんだんと見つけていく仕事のワクワクを、私たち読者も等身大で体感できるところです。若き主人公の視点で書かれる平易で軽やかな文体は、私たちを物語の中にどんどん引きずり込んでいきます。そして、時々先輩職員視点でも情景が描かれるので、後輩を持つ先輩の気持ちにも寄り添うことができます。この先輩も、主人公と関わる中で自分の仕事を見つめなおし成長していきますが、最初はやたらとげとげしかった態度がだんだんと優しさを見せるようになり、女性読者はそのツンデレ具合に萌えること間違いなしです。実は(といっても定番ですが)主人公は、この先輩に知らず知らずのうちに惹かれていくのですが、果たして彼女は恋を成就させることができるのか……。本編でご確認ください。

 以上、この小説の三大ポイントでしたが、これらの魅力を引き立たせてくれるのは小説内随所にみられる、水族館にまつわる豊富な知識です。各海洋生物の生態や、水族館の経営方式など、読んで驚き、なるほどの知識が物語に深みを持たせ、ページをめくる速度を加速させていきます。某少年漫画雑誌のヒットの原則である「努力・友情・成長(勝利)」に豊富な水族館に関連する知識が加わった本作は私たち読者の知的好奇心を刺激しながらやる気と情熱を思い出させてくれるでしょう。熱くなりすぎてオーバーヒートする前に、水族館に訪れてひんやりすることをお勧めします。

 
P r o f i l e
岩田 恵実(いわた・めぐみ)
名古屋大学3年。
今年度から「一日一冊読書」という掟を自らに課し、日々古今東西の本とふれあい、時には格闘しております、……と格好よく言ってみましたが、読書をやるべき課題からの逃避材料にもしている相変わらずな今日この頃です。

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