著者からのメッセージ 今こそ、本を読もう(3)
凪良 ゆう

物語という巣穴に籠もる

凪良 ゆうProfile

著書紹介


『流浪の月』
東京創元社/本体1,500円+税
あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。それでも文、わたしはあなたのそばにいたい——。実力派作家が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説。2020年本屋大賞第1位受賞作。
 『今こそ本を読もう』というテーマで原稿の依頼をいただいた。
 とりあえず困った。ちょうどこれを読まれている大学生のみなさんと同じくらいの年齢のとき、わたしは学生でもなく、勤め人でもなく、将来への夢もなく、ただふらふらとその日暮らしをしていた。今から思うと恐ろしいほどの適当さだった。
 そんなわたしが、しんどい受験勉強をかいくぐって晴れて大学生となったみなさんになにを言えるだろう。なにも言えない。なのでこのあと特にためにならない話が続く。

 今年は大変な年になってしまった。コロナのせいで外出や人と会うことに制限がかかる。わたし自身は在宅仕事でもともと出不精、さらに人と会うのも月に一度か二度が限界という引きこもり族なので困ってはいない。アクティブな友人から「もっと人生を楽しんで」と忠告されるたび、「朝から晩まで好きな仕事ができて死ぬほど楽しい」と答え、「おまえはもう病んでいる」とケンシロウみたいなことを言われるレベルだった。
 コロナは一日も早く滅されてほしいが、ひっそり家にこもれることに不満はなかった。なのに事態は予期せぬ方向に向かった。リモートワーク化が劇的に進み、オンライン取材というものを受けることになった。電話でいいのに(それも嫌だけど)と抵抗したが、顔を見たほうがしゃべりやすいと押し切られた。つらい。しかしコロナ後も一度進んだオンライン化の波が後退することはないだろうし、諦めて慣れるしかない。つらい。二度言う。
 良くも悪くも、世界はあっという間に様相を変えていく。今まで普通だったことが普通ではなくなっていき、さまざまに不安を抱えている学生さんも多くいる。そういうとき、一番手軽な気分転換として読書は有効だと思う。めちゃくちゃおもしろい本なら高確率で現実逃避できる。逃避というとアレだけど、すべてに正面からぶつかって砕ける必要なんてない。
 そもそもわたしにとって読書は現実逃避の意味合いが大きかった。我が家はまあまあ複雑で、いつも怒っていて寂しくて不安だった子供のころのわたしは、現実というスイッチをオンオフにするような感覚で物語に逃げ込んでいた。CIAのスパイ、チャイニーズマフィア、寄宿舎生活、銀髪の殺し屋、災禍で世界は滅亡し、また復活する。部屋にいながら異世界へと逃げ込み、まったく別人の人生を味わえる。それが子供のお小遣いでも買える。

 大人になって自分の環境を自分の力で整えられるようになってからは、そういう読み方はしなくなり。単純に楽しむためにページをめくるようになった。それでも、今でも自分をニュートラルに戻すために読む本というのがある。静かで、ゆったりしていて、日陰のある真昼の庭みたいに、自分を本来ある場所や形に戻してくれる、そういう本。
 お楽しみアイテムとして、不安なときの巣穴として、心を落ち着ける安定剤として、人生の指針として、物語は本当に使い勝手がいい。その割に、読む人と読まない人がはっきり二分されている。そういえば先日、不眠に関する記事で小説を読もうというアドバイスを見た。てっきり無理に眠らず本でも読んでリラックスしようという意味だと思ったら、退屈だからすぐ眠れますという内容で、いろいろ通りこして楽しくなった。これは森のゴリラと海のマグロが出会ったようなもので、種族が違うのだから無駄に争わず、それぞれ自国で楽しく暮らすのがいいと思う。尊重の精神と適度な無関心によって平和は保たれる。

 読書を勧めるテーマだったはずが、本は読む人は勧められなくても読むし、読まない人はまったく読まないという事実が露わになってしまった。でも読んでみたらおもしろかったということもあるので、少しでも心惹かれる本があれば読んでみてほしい。手始めに推している芸能人やアスリートなどのオススメ本などどうだろう。どこが推しの心を震わせたのか、推しになりきって読むのはかなり楽しい。物語として楽しめなかったとしても、手元に推しと同じ本が残る。推しとおそろいです。
 ちなみにわたしはエッセイも好き。好きな作家がなにを考えているのか、どこへ出かけたのか、誰と会ったのか、好きな人のことはすべて知りたい! うーん、読書の勧めというより、ストーカーの勧めみたいになってしまった。

 
P r o f i l e

撮影・小島アツシ

凪良 ゆう(なぎら・ゆう)

京都市在住 。《小説花丸》2006年冬の号に中編「恋するエゴイスト」が掲載される。翌年、長編『花嫁はマリッジブルー』で本格的にデビュー。以降、各社でBL作品を精力的に刊行し、デビュー10周年を迎えた17年には非BL作品『神様のビオトープ』を発表、作風を広げた。巧みな人物造形や展開の妙、そして心の動きを描く丁寧な筆致が印象的な実力派である。おもな著作に『未完成』『真夜中クロニクル』『365+1』『美しい彼』『ここで待ってる』『愛しのニコール』『薔薇色じゃない』『セキュリティ・ブランケット』『流浪の月』などがある。


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