著者からのメッセージ 今こそ、本を読もう(4)
相沢 沙呼

読書の波

相沢 沙呼Profile

著書紹介


『medium 霊媒探偵城塚翡翠』
講談社/本体1,700円+税
推理作家として難事件を解決してきた香月史郎は、心に傷を負った女性、城塚翡翠と出逢う。彼女は霊媒であり、死者の言葉を伝えることができる。しかし、そこに証拠能力はなく、香月は霊視と論理の力を組み合わせながら、事件に立ち向かわなくてはならない。一方、巷では姿なき連続殺人鬼が人々を脅かしていた。一切の証拠を残さない殺人鬼を追い詰めることができるとすれば、それは翡翠の力のみ。だが、殺人鬼の魔手は密かに彼女へと迫っていた——。
 どうにも先の見えない世の中になってしまった。
 幸いなことに閉じこもったままでも仕事はできるけれど、誰にも会いに行けないのは鬱憤が溜まってしまう。
 せっかくなので、読書に集中できる期間が与えられたのだと、そう前向きに考えてみるとしよう。これを読んでいる学生さんには、この鬱屈とした時間を活かして、一冊でも多くの本を読んでおいてもらいたい。決して、今を耐え忍ぶためだけではない。それはたぶん、あなたが考えているより、将来においてもずっと大きな資産となるはずだ。僕がそう考える理由を、少しだけ話してみたい。
 僕が大学生くらいの頃には、読書なんていつでもできる、と考えていたものだ。けれど、どうやらその認識は間違いだったのかもしれない、と最近は少しずつ考えを改めるようになってきた。
 だって、読書をするというのは、意外と難しい。
 思いのほか気力や体力が求められるものだから、仕事に追われ、自由に使える時間が限られる最中では、ついつい気軽に楽しめるものへと手を伸ばしてしまうようになる。小説を読むより、漫画を読んだり、映画を観たりする方が疲れない。今日は疲れていて時間がないから……、と他の娯楽やSNSなんかに手を伸ばし始めると、次第に読書が遠のいていく。満足に本を貪ることができたのは、僕の場合は仕事を始めるまでの、大学生くらいまでの時間だった。あの頃にもっと本を読んでいれば良かった、と後悔することが多い。
 また、この頃は体力の衰えを感じるようになってきた。これも若かった頃にはまったく意識していなかったことだった。夢中になれば一日中だって本を読み続けることができていた。けれど、今ではすぐに眼が疲れるし肩が痛くなるしで、集中できる時間が限られるようになってしまった。せっかく読書世界に没頭していたいというのに、そうした要因に邪魔されて、満足に本を味わうことができない。疲れを知らないような若いうちに、もっとたくさんの本を読み込んでいたかったなぁ、とやっぱり後悔している。
 この二つの理由だけでも、今という時間のうちに読書に溺れることが幸せなことなのだと、わかってもらえたと思う。少なくとも、僕は後悔している。若い頃にもっとたくさんの本を読んでいれば、もっと面白い小説を書けたかもしれないのになぁ……。今でも、僕は読書に使える時間が減ってしまって、本をすらすらと読める人が羨ましい。以前は僕だって貪るように本を読んでいたというのに、もうそれができなくなっているのだ。
 たぶん、人間というのは不思議なもので、読書をしない日々が続いていくと、今度は読書の仕方というのを忘れてしまうのだと思う。
 読書の仕方、なんて奇妙な表現かもしれないけれど、読書というのは意識して続けていかないと、自分の元から離れて行ってしまうのだ。徐々に読書に対して腰が重たくなり、ほんの数ページすら読んでみようとする気すら失せてしまうようになる。興味や興奮が薄れて、どう手を付けたらいいかわからなくなる。逆に、どうにか波に乗ることができれば、一冊を読み終えたらもう一冊、と次々に読むことができるようになる。波に乗るまでが難しい。もし、あなたが読書の波を掴んでいるのなら、その機会を逃さないでほしい。
 最後に、僕が考える、若いころに読書をするべき最大の理由を紹介しておきたいと思う。
 若いうちに出逢える本は、自分自身にとって多大な影響を及ぼす。
 どんな人間だろうと、若く瑞々しい感性を持っていたときに出逢う作品や出来事は、いつまでも鮮明に心に刻まれるものだ。一冊の本が、読み手の人生を変えることは珍しくない。けれど歳を重ねてしまうと、それは少しずつ難しくなってしまう気がする。やっぱり、大人になってから読む本は、どんなに面白くても、面白いだけで留まってしまう。数ヶ月後には、忘れてしまうのだ。けれど若い頃に読む本は、どんな一冊であっても特別なものになりえる。それは、本の力だけではなく、あなたに秘められた可能性の力がもたらすものだ。
 だからこそ、読書の波を掴めるうちに、たくさんの本を読んでほしい。この辛くて暗い時期が明けた後に、ほんの僅かな燈となるような一冊の本と出逢えれば、幸いだ。
 
P r o f i l e

相沢 沙呼(あいざわ・さこ)

1983年埼玉県生まれ。2009年『午前零時のサンドリヨン』で第19回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。2011年「原始人ランナウェイ」が第64回日本推理作家協会賞(短編部門)候補作、2018年『マツリカ・マトリョシカ』が第18回本格ミステリ大賞の候補作となる。繊細な筆致で、登場人物たちの心情を描き、ミステリ、青春小説、ライトノベルなど、ジャンルをまたいだ活躍を見せている。『小説の神様』(講談社タイガ)は、読書家たちの心を震わせる青春小説として絶大な支持を受け、実写映画化(2020年公開)が発表されている。また、2019年刊行の『medium 霊媒探偵城塚翡翠』(講談社) では「このミステリーがすごい!」2020年版国内篇 第一位、「本格ミステリ・ベスト10」2020年版国内ランキング 第一位、「2019年ベストブック」(Apple Books)2019ベストミステリーの三冠を獲得した。


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