Essay 新型コロナな日々
ーアルベール・カミュと土井善晴とー

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 新型コロナな日々は基本的に在宅ワーク。まず心がけようと思ったのは規則正しい生活だ。もともと早起きで、6時25分からのテレビ体操を長年の日課にしている。でも、それだけではゆるい。徒歩10分程の公園でやっている6時半からのラジオ体操に参加することに。平均年齢ゆうに70歳を超える中、若手新人(!)として颯爽とラジオ体操。ひきつづき小一時間ほど散歩してから一日の仕事を開始。
 ここ数年、ポモドーロ・テクニックを使っている。25分間、ネットなどには目もくれずひたすら仕事に集中して──これが1ポモドーロ──5分休憩の繰り返し。そして、4回のインターバルで大休止。驚くほど仕事がはかどるので、勉学にもオススメである。向き、不向きがあるとは思うが、だまされたと思って、ぜひ一度試みてほしい。
 実際にやってみればわかるが、一日に12ポモドーロもすれば頭が朦朧としてくる。講義を月、水、木、ゼミを金、それぞれ1コマ(相当)担当していたので、それらの曜日は10ポモドーロ、残りの火曜日は14ポモドーロを自らに義務づけた。いくらがんばっても、集中して仕事をできる時間はその程度のものだ。
 在宅ワークになると怠けまくるのではないかと心配していた。ところが我ながら驚くほどしっかりと目標ポモドーロを達成できた。ただし、真面目だから、ではなくて、堕ち始めると奈落の底まで堕ちてしまいそうという恐怖感のせいだ。我ながら小心なことである。
 医学部で病理学総論、病気のメカニズムを教えているのだが、その講義の目的は、病理学教科書のグローバルスタンダード、RobbinsのBasic Pathologyをさくさく読めるようになること。教科書ガイドみたいなプリントを作ってあって、例年、それを用いて解説をおこなっている。今年は講義期間が新型コロナな日々にどんぴしゃり。さて、どうしようか。
 無観客オンライン講演の経験はあるが、どうにもうまく話せない。それに、なぜか異常なまでに疲れる。ありがたいことに、大阪大学には以前から、資料の配付やレポートの提出などを簡単にできるCLEという優れた遠隔講義システムがある。とりあえずはこれでプリントを配布して、質問をうけつけ、それに対しての回答をアップするというやり方でスタートした。
 始めてみてわかったのは、文章で回答するのは邪魔くさすぎるということ。なのでZoomでの回答に方針転向。しかし、ログインしてもらって、回答だけ話してハイさようならというのは味気なさ過ぎる。せっかくだからと、結局はZoom講義をすることに。
 例年の出席率は40〜60%なのが、80%以上だったのには驚いた。顔出しを義務付けていたのだが、居眠りする子はひとりもいない。本当は2コマ相当分の講義時間(60分×3)だけれど、疲労感が著しいので約半分で終了。手抜きで申し訳ないと思っていたが、コンパクトでいいと、これも好評。ホンマですか。
 おぉ、素晴らしい! 医学部で教え出して17年目にして初めて、教育にすごい手応えを感じた。うれしい〜。と思っていたのだが、試験の成績は今ひとつ。あかんがな……。
 家にずっといると、仕事をサボり気味になって、たくさん本を読めるに違いないと思っていた。が、先に書いたように、真面目に仕事をしていたので、そうでもなかった。それに対して、多大なる変化があったのは食事である。
 普段は約三分の二と、やたらと外食が多い。それがゼロだ。毎日、何を食べたい?と、めんどくさい妻に尋ねられる。う〜ん、困った。ということで料理のレシピ集を何冊か購入。バツグンだったのは『土井善晴の素材のレシピ』(テレビ朝日)。ひとつの素材でのレシピが見開きに四種類ずつ。手間のかからないものばかりなのだが、どれも驚くほど美味しい! 我が家では土井善晴天才説を唱えている。
 ノンフィクションレビューサイトHONZ(HONZ.JP)で10年近く書き続けているし、この1月からは読売新聞の読書委員も務めている。いつの間にか兼業書評家だ。そんなことから、新型コロナ関係のオススメ本や解説をいくつか依頼された。ノンフィクションがほとんどだったが、唯一の例外は『ペスト』(新潮文庫)。いわずと知れた、ノーベル賞作家アルベール・カミュによる名作中の名作だ。
 まずは読売新聞の読書欄で軽く紹介することに。そのために読んだのだが、極めて難解。わが国では、新型コロナ関連本として一気にベストセラーになったけど、読み切った人はそうおらんだろう。せいぜい2〜3割ではないかと邪推している。
 そこへ、新潮社から『ペスト』についてしっかり書いてくれという依頼がきた。断りゃあいいのに、つい引き受けたのが大失着。書くのがいかに大変だったかに興味ある人は、その苦心の作—あえて書評とはいうまい—を、「 黒死病連中阿爾及 こくしびょうれんじゅうあるじぇりあ 」で検索して読んでほしい、いかに大変だったかに涙してもらえるはずだ。
 そんなこんなで新型コロナな日々は過ぎていきましたとさ。めでたし、めでたし、と言ってええんやろうか。

 

★仲野先生のおすすめ★

カミュ〈宮崎嶺雄=訳〉
『ペスト』
新潮文庫/本体750円+税

いわずと知れた名作中の名作。テンポのいい冒険小説みたいなところがあれば、ものすごく難しい神学論争もある。全体をひとことでいうと、やたらと難解。でも、読んでおいたらきっと賢いと思ってもらえます。

土井善晴
『土井善晴の素材のレシピ』
テレビ朝日/本体1,400円+税

しゃべりながら料理をさせたら、あるいは、料理をしながらしゃべらせたら、この人の右に出る者はあるまい。野菜を中心とした素材のレシピ集。ちょっとした工夫をしたらこんなに美味しくなるのかという感動の一冊。

 

P r o f i l e

撮影:松村琢磨

仲野 徹(なかの・とおる)
 1957年大阪生まれ。大阪大学医学部医学科卒業。内科医として勤務の後、基礎医学研究を開始。京都大学医学部(本庶研究室)講師などを経て2004年から現職。専門は生命科学。趣味は僻地旅行、義太夫語り。
 著書に、『エピジェネティクス』(岩波新書)、『こわいもの知らずの病理学講義』『(あまり)病気をしない暮らし』(ともに、晶文社)、『仲野教授の そろそろ大阪の話をしよう』(ちいさいミシマ社)、『生命科学者たちのむこうみずな日常と華麗なる研究』(河出文庫)、『からだと病気のしくみ講義』(NHK出版)ほか多数。

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