「美」って、なんだろう

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〜大きな羊は美しい?〜

 私の人生は、「美」とともにある。
——なんていうと、あらぬ誤解を生むかもしれない。残念ながら私は、天才的な芸術家でも、誰もが振り返る絶世の美女でもない。では、どこが「美」なのか。端的にいえば、名前である。「琴美」という名前を授かって20年。「美」は、これまでで最も多く書いた漢字の一つであり、母の名前から姉と私がもらった一字でもある。つまり「美」は、(大げさに言うと)我が家の女性としてのアイデンティティでもあるのだ。しかし、以前からこんな大層なことを思っていたわけではない。こんな風に「美」が“ひっかかる存在”になったのには、きっかけがある。
 あれは確か、大学1年生のとき。記憶が曖昧な部分もあるのだが、「美」という漢字を構造的にみると、「大きな羊」から成るという話を聞いた。また、「美味い」と書き表すように、大きな羊は、毛糸だけでなく、おいしい肉にもなると……。
 ——衝撃だった。「美」が大きな羊だなんて! しかも、お肉! これ以降「美」を見るたび、私の頭には、まるまると太った羊が浮かんでくるのである。また、衣食住を扱う生活文化を学んでいると、「美」を考える場面がよくあり、今回、このエッセイを執筆する機会に恵まれた。
 しかし、いざ書こうとして思い知った。「美」というのは、私が語るには壮大過ぎるテーマだと。そんなこんなで、執筆依頼をいただいてから早ひと月。迫る締切を前に考えた。
 これは、レポート課題ではなく、『izumi』のエッセイという特殊な場である。感覚的、主観的でも、私の考える「美」を語ってみればいいじゃないか。
 というわけで、読者の皆さんは、共感できなかったり、突っ込みたくなったりするかもしれないが、温かい気持ちで読んでいただけたら幸いである。

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 まず、発端となった、漢字の「美」について考えてみよう。図書館で辞典を引くと、意外なことが分かってきた。
 例えば、『常用漢字コアイメージ辞典』(加納喜光/中央公論新社)は、ゆったりした羊が図形的解釈である一方で、語のコアイメージは「か細い」であると解説している。えっ、太った羊とは反対!? さらに、『常用字解[第二版]』(白川静/平凡社)は、これまた違った解説をしており、羊の上半身を前から見た「羊」に、牝羊の腰の形の「大」を合わせた、成熟して完全な羊の全体像が「美」なのだという。なるほど、漢字の解釈というのは複雑で、様々な見解があるようだ。(ここで挙げた解説は一部で、実際はもっと詳しくて面白い)
 まるまる太った羊を想像して、どこが美しいんだと思っていたが、立派で見とれるような羊というのが実際のイメージに近いらしい。諸説あることも分かって、うん、ちょっと納得。
 続いては、本の助けも借りながら、「美」について、あれこれ考えてみよう。
 一冊目は、『黒髪と美の歴史』(平松隆円/角川ソフィア文庫)。特に注目したのは、平安時代の髪事情だ。当時、黒い長髪が美人の条件であったのは周知の事実だが、ただ黒ければ良いというわけではなかったらしい。理想の艶やかな黒髪は、「翡翠」や「カワセミの羽の青色」などに例えられている。ツヤ髪を美しいとする感覚は、現代にも共通しているが、垢抜けるためにヘアカラーをする人が多いことを思うと、美の価値観は変化している。(ちなみに、西洋では白髪が美しいとされ、小麦粉をふっていた時代がある!)さらに、長髪を維持するのは相当大変で、経済力が不可欠であった。実現する難しさというのは、古今東西「美」の重要な要素であるようだ。
 二冊目は、『365日で味わう 美しい日本の季語』(金子兜太/誠文堂新光社)。この本からは、「美しい」と「きれい」の違いを考えた。それはつまり、“見出す”かどうかである。
 例えば、桜の季節の曇天を指す「花曇」。気が滅入りそうな曇り空も、桜を育ててくれると考えれば、何だか愛しくなってくる。それと同時に、満開の桜への期待と、散る運命への切なさもあって……。目に明らかな煌びやかさはないけれど、見る人の心によって“見出される美しさ”。「美」は、「あはれ」や「をかし」の流れを引いているのではないかと考えた。

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 以上が、「美」を巡る思考の旅の軌跡である。ずっと抱いていたモヤモヤが和らいで、「美」がより好きになった。実際は、ここに書いた以外にも、あれやこれやと考えて、上手く整理がついていないこともあるのだが、これだけ壮大なテーマだ。きっと一生考え続けるだろう。やっぱり私の人生は、「美」とともにあるのだった。

 

  • 加納喜光
    『常用漢字コアイメージ辞典』
    中央公論新社/定価5,280円(税込)購入はこちら >
     

  • 白川 静
    『常用字解』
    平凡社/定価3,300円(税込)購入はこちら >
     

  • 平松隆円
    『黒髪と美の歴史』
    角川ソフィア文庫/定価1,188円(税込)購入はこちら >
     

  • 金子兜太
    『美しい日本の季語』
    誠文堂新光社/定価1,980円(税込)購入はこちら >
     

 
P r o f i l e
川柳 琴美(かわやなぎ・ことみ )

お茶の水女子大学3年、生活科学部人間生活学科。服飾や保育を学んでいます。最近は、浴衣製作に挑戦中! 阿部智里さんの「八咫烏シリーズ」が大好きで、語りだすとオタクの本性が……。

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