Essay 自伝・回顧録ノススメ

特集「歴史のとびら」記事一覧

 みなさま大河ドラマ「青天を衝け」をご覧になりましたか? 私は渋沢栄一を演じる吉沢亮さんがとても格好よくて完走しました。大河ドラマはあくまでフィクションではありますが、渋沢栄一の魅力は存分に伝わったのではないかと思います。
 高校の歴史といえばどうしても暗記科目という印象がぬぐえません。あるいはフィクションであれば面白いのだけれど、と思われている方もいるでしょう。実際歴史と読書といえば、歴史小説や伝記がまず真っ先に出てきます。しかしながら、実はフィクションでなくても歴史上の人物たちの回顧録は非常に面白いものがそろっているんです! 今回はそんな面白い回顧録を紹介していきたいと思います。
 まずは「青天を衝け」に乗っかって、あのかっこいい渋沢栄一の著作を見ていきます。彼の著作はたくさんありますが、とくに手に取りやすいのは『渋沢栄一自伝 雨夜譚・青淵回顧録(抄)』。特に前半の雨夜譚はシンプルな自伝で、まさに「青天を衝け」にも出てきたような渋沢と関わりのある人々がバッチリ登場してきます。大河ドラマの復習もかねて、自伝を手に取ってみるのはいかがでしょうか。
 さて、少し時代を進めて、歴代の総理大臣が書いた著作の中でも特に読みやすく面白いのが若槻禮次郎『古風庵回顧録』です。若槻禮次郎は第25代・28代の総理大臣で、立憲同志会・憲政会の党員としてその政権下で大臣を歴任しました。大学を卒業し官僚をやっていた時代から、政党員を経て総理大臣を任され、さらに重臣として天皇を支えることになるまで、実に長い間政治の中枢の近くに人物でもあります。そう書くと非常に難しい話を書いているのかと思われるかと思いますが、その回顧録は非常に軽快。若槻がなるべく淡々と中立なままに思い返しているので、その思想や感情に辟易することもなくするすると読めてしまいます。しかしながら、淡泊すぎるということもなく、彼が親しくしていた人物への好意、あるいは反りの合わなかった人物への微かな嫌悪など細かい機微が伝わってきて、若槻を通して当時の人々を鮮やかに感じ取ることが出来ます。
 しかし、勿論若槻の見解・回顧が全て正しいということはありません。同時代の他の人物の回顧を読むと、全く違う見解を示していることがたくさんあります。たとえば幣原喜重郎『外交五十年』では、若槻はあのように言っているが自分は違う見解だとはっきりと書かれています。さらに、若槻とは別の勢力に属していた人物の回顧録も開いてみると、また違う視点からの話が聞けます。面白いのは高橋是清『随想録』。この『随想録』は口頭で語るように綴られていくため、非常に読み物として平易でわかりやすいのが特徴です。内容としては日銀総裁経験者らしく財政の話から、原敬から政友会総裁を受け継いだときの話まで。政治の話が多いのですがそれでもおすすめできるのは、彼の眼を通した人物たちが非常に生き生きとしているからです。どんな人にも人間に対する好き嫌いはあるものですが、高橋是清は比較的誰とでも仲良くできたようで、誰のことも悪く書きません。その反面、「誰々と誰々は仲が悪かった」なんて書いてあるのがたまりません。
 幣原喜重郎と高橋是清に共通するのは、どちらも対立政党の人物とも親しくしているというところでしょう。憲政会政権下で外務大臣をしていた幣原喜重郎の回顧録には政友会政権で外務大臣をしていた田中義一との付き合いが、逆に政友会政権で財務大臣の高橋是清の随想録には民政党の財務大臣井上準之助との付き合いが、それも好意的なことばかりが書かれています。意外にも対立政党にあっても、個人的な付き合いは充実しているのが面白いところです。
 さて、そんな政治のメイン街道から少し離れてマニアックな人物に焦点を当てると、面白回顧録として絶対に外せないのが三浦梧楼『観樹将軍回顧録』です。三浦梧楼とは「大正政界の黒幕」と言われることもある長州系軍人です。黒幕という名の通り、歴史の授業でその名前が出てくることはほとんどありません。しかし、確かに彼は長い間政治の場にかかわってきました。その回顧録の中身は、簡単に言ってしまえば彼の自慢話のようなもの。木戸孝允・高杉晋作との付き合いから山縣有朋との対立、政党総裁たちの調停など、とにかく三浦梧楼の記憶に残るビッグネームたちが非常に人間らしい動きを見せてきます。もっともこの回顧録がどこまで信用できるのかは非常に怪しいものです。ただ、この本に書いてある人々に興味を持つこと間違いなし。歴史の授業では知ることのできない歴史上の人物たちの素顔を、読書を通して垣間見てみるのはいかがでしょうか。

仲摩さんのおすすめ


若槻礼次郎
『明治・大正・昭和政界秘史 古風庵回顧録』
講談社学術文庫 定価1,595円(税込)購入はこちら >憲政会総裁若槻禮次郎の回顧録。桂太郎、加藤高明、濱口雄幸といった彼が親しくしていた人物とのやり取りが非常に鮮明で、読み物として面白い。実は執筆者はこの本を読んで、憲政会と若槻禮次郎の大ファンになった。

高橋是清〈上塚司=編集〉
『随想録』
中公文庫 定価1,100円(税込)購入はこちら > 政友会総裁高橋是清の随想録。中身は非常にフランクかつフラットで、高橋是清の人生が垣間見える。まず原敬が死ぬところから始まるのがどうにもずるい。
 
P r o f i l e
なかま・あかね
お茶の水女子大学3年生。中学生の時にゲームから日本史に入り、そのまま日本史を専攻している明治から昭和あたりの政治家たちのオタク。好きな歴史上の人物は加藤高明。
 

記事へ戻る


ご意見・ご感想はこちらから

*本サイト記事・写真・イラストの無断転載を禁じます。

ページの先頭へ