CL Recommended オンライン授業で大学が変わる

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~コロナ禍で生まれた「教育」インフレーション~

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堀 和世[編集者、ライター]

1964年、鳥取県生まれ。東京大学教育学部卒業。1989年、毎日新聞社入社。ほぼ一貫して週刊誌『サンデー毎日』の取材、編集に携わる。同誌編集次長(教育分野担当)を経て2020年退社、現在はフリーで活動

8月下旬~9月上旬にピークを迎えたコロナ第5波とワクチン供給の遅れで、各大学は後期(秋、冬学期)の開始に当たって「対面授業」の再開・拡大が思うように進まなかった。「いつになったら元に戻るんだ」という学生やその親たちの恨み節も聞こえてきた。

だが、結論を先に言えば、大学は「元」に戻れないし、戻ってはいけない。

昨年初頭に上陸したコロナ危機は春の新学期を直撃した。多数の大学が始業を遅らせ、オンラインによる遠隔授業のシステム作りを進めた。ところが実際にオンライン授業が始まるや、学生からは不満の声が噴出した。それは主に①期待外れの授業内容②キャンパスに通えないことへのストレス――に分けられる。①には例えば、教員が本のページのコピーを配信して学生に読ませ、感想を書かせるだけ、といったお粗末なケースがあった。また授業を視聴した証しとして毎回の授業で課題(宿題)の提出が求められたため、「課題地獄」と呼ばれる現象も起きた。一方の②では、地方受験で入学し、リアルな大学を一度も見ずに前期授業を終えた新1年生もいた。

そのような不満に応える形で、文部科学省は各大学に対面授業の再開を求め、昨年度後期はオンラインと対面を組み合わせる「ハイブリッド授業」が広まった。この流れが現在まで続き、コロナの波高に応じて対面授業をどれだけ配合させられるか、もっぱら〝さじ加減〟に苦心しているといった印象がある。

しかし、コロナ危機は大学から一度、教室を消したことで「大学とは何か」という深い問いを全大学人に与えたのだった。オンライン元年に何が起きたのかを取材してまとめた拙著『オンライン授業で大学が変わる』(大空出版)で、部外者ながらその問いへの答えを探ろうと試みた。一つ見えてきたのは、オンライン授業はコロナ前の教室をパソコン画面上に再現するのとは違うということだ。

本にロングインタビューを掲載した吉見俊哉東大教授によると、オンライン授業が成り立つのは「大人数を相手にしたオンデマンド配信型」と「少人数で行う同時双方向型」の二つだが、両者は全く異なる。吉見氏は後者であれば対面授業以上に効果的になりうると言う。一般的には前者、すなわち従来大教室で行われた一斉授業がオンライン化になじむと思われがちだが、逆だというのだ。

もとより大学での学びの要は対話にあり、一方的な知識の移植ではない。前述の不満①は「そもそも大教室授業そのものが間違っている」(吉見氏)ことを大学側が見損なったからではないか。課題地獄にしても、週に10~12科目も授業を細切れに取る世界標準から外れた履修方法を続けてきた不作為が一因といえる。

拙著では拓殖大国際学部の徳永達己教授による地方創生をテーマにしたゼミを一例に、同時双方向型授業の実践に触れた。地方から遠隔参加する学生が、地元の抱える問題やそれを解決する資源の活用案を報告した。問いを〝現場〟から発信できるオンライン授業には潜在力がある。「教室という限られた空間から、学ぶべき対象があるフィールドに出ていくという発想です。オンライン化には学びの枠を取り払う効果がありました」(徳永氏)

むろんオンライン授業の限界はある。文科省が今年3月、全国の学生を対象に行った調査では、オンライン授業の「悪かった点」として「友人などと一緒に授業を受けられず、寂しい」という回答が最多を占めた。不満②は解消されていない。それは3密対策の結果であり、オンライン化自体の欠陥ではないが、ウェブ上に置換できないリアルな学びの場という、大学が守るべき価値もまた鮮明になったといえる。

オンラインか対面かの二者択一ではない。これからの対面授業はオンラインではできないことを常に意識する必要がある。「友達と会える」というナイーブさを超えた言葉が学生の口から出てこないといけない。彼らを教室に連れ戻すだけでは不十分なのは明らかだ。

著者:堀 和世
定価:本体価格1,200円 + 税
判型:B6判
頁数:232ページ
ISBN:978-4-903175-99-7

急速に浸透したオンライン授業について、大学教員・大学生・保護者という3者から寄せられた、教育現場のリアルな声をご紹介。2020年春、明るい学生生活を思い描いて大学の門をくぐろうとしていた新入生たちに衝撃が走った。学生たちは大学に通えず、自宅でパソコンやケータイを使ってオンライン授業を受けることに。問題は山積みだった。試験ができない。学生たちをどう評価すればいいのか。理解度を知るために、どの授業も毎回課題を出す。学生たちは課題地獄と闘わなければならなかった。しかし、意外にも学生たちの多くはオンライン授業を歓迎していた。コロナ禍で生まれた新常識(ニューノーマル)は大学の在り方を変えてしまったのだ!