宇宙にまつわる物語 ショートストーリー

特集「宇宙のはなし」記事一覧


『読書のいずみ』メンバーが紡ぐ創作ショートストーリー  
 

 

一人暮らし

川柳 琴美

 

 15F。キッチン、トイレ、シャワー付き。今日からここで、僕の大学生活が始まる。
 家具・家電付きとはいえ、掃除やら荷物の整理をしていたら、あっという間に夕方になってしまった。この時間の流れにも慣れていかなければならない。
 買ってきた冷凍餃子なるものを調理してみようと思ったけれど、いきなり慣れないことをして問題を起こしても困る。面倒くさがっているわけではない。故郷のため、僕がやるべきことは、ほかに山ほどあるのだ。
 母が持たせてくれたパウチのゼリー飲料を手に取り、部屋の大部分を占めるベッドに腰掛ける。チュウチュウと、ゼリーを吸う音だけが部屋に響いた。
 一人なのだなあ、と思う。まるで世界からこの部屋だけが切り取られているみたいに。否、この世界において本当に切り取られた存在なのは、僕自身なのだった。
 「東京は、星の見えない場所だ」
 ふと、故郷で聞いた言葉を思い出す。たしか数年前までこちらに滞在していた、僕の先輩にあたる人の言葉だ。ベッドに乗ったまま窓に手を伸ばし、レースカーテンを開けてみた。
 そこには、僕の知らない「宇宙」があった。
 地表に近い部分から、オレンジ、黄色、白へと変わる薄いグラデーションの層。そして、白はどんどん青みを増し、空の大部分を深い藍色に染めていた。先輩が言っていたとおり、星は見えない。ただただ濃厚な青が広がっていく。
 ベッドに寝そべって、宇宙を眺める。オレンジが消え、すべてが宇宙色になってもずっと。この深く暗い宇宙のどこかにある、僕の故郷、あの美しい星に想いを馳せて。
 今日から、僕の大学生活、もとい宇宙人としての生活が始まった。
 


 

宇宙塵ウチュウジン

中川倫太郎

 

 すべてのものが息を潜める真夜中、私は「宇宙人」の復活に立ち会った。
 事の発端は小惑星探査機の帰還だ。遥か数億km彼方で回収された土壌のサンプルには、通常考えられない特異的な無機物の分布が見られた。「何かある」科学者の直感を頼りに、私は特殊な高周波電圧を加えてみた。するとたちまち砂塵は宙へと浮かび、渦を巻き、二重らせん構造を紡ぎはじめる。指数関数的に自己増殖するらせん。無力な一粒の砂が総合して力強くも柔軟な組織を形成する過程。彼は遠い惑星にて息を吹き返したのだ。
 塩基配列をデジタルデータの貯蔵庫として活用する「DNAストレージ」の研究進む昨今、無機物の情報が生命のコードとして利用されても不足ない。あくまで必然の成り行きだった。
 およそ地球上の生命とは似ても似つかぬ、まるで道端に落ちた片方だけの子供用手袋のような姿は、興奮冷めやらぬ私でさえ少しの憐憫を覚えた。色はまだらな灰色、頭は無い。手袋の指に対応する部分が彼の脚らしい。一本一本が独立して動く様子を見て、なるほどこれはエイリアンだと納得した。
 未知との遭遇は何もE.T.のようにファンシーなものではない。宇宙人との無責任な接触に警鐘を鳴らす著名な科学者も大勢いる。しかし現在の定説では、生体構造からエネルギー源まで、現生人類とは何から何まで異なる生命体が宇宙空間に存在したところで、それぞれの生活圏を侵害することはおろか、互いを認知することすらままならないとされている。そのことも踏まえて、今回の実験結果はまさに奇跡の賜物であった! であったけれど……
 意思疎通を図る直前、厳重に取り扱われていた密閉容器をいともたやすく通り抜け、残念なことに彼は行方をくらませた。ここから逃げ出した彼はほど近くで野垂れ死にしたか、あるいは人類に干渉しない場所で健全な文明を再構築している最中か、あるいは……
 


 

寄生

古本 拓輝

 

 =WARNING WARNING=
「敵性信号発見!」
「クジラ型空母と思われます!」

 船長は唸った。このままやり過ごすか、和平を試みるか。
 大銀河を泳ぐ宇宙船は多い。クジラ型空母はその中でも屈指の性能と大きさを誇る。メトロポリタン星の技術力を総動員した空母らしい。対して船長が指揮する船はサンマ型。シャープな姿は高速移動のために効率化された形だが迎撃システムも無く装甲も薄い。戦闘態勢に陥れば捕食されるだけだ。
 その時、中央司令室のモニターがハックされる。
「ごほん。聞こえているか、私はクジラ型空母N01の艦長である。そなたらには2つの選択肢がある。投降して我々の指揮下に入るか、戦闘の末に全滅すr————」
 ザー、ザー。動画にラグを生じ、砂嵐が流れる。
「っっっやめ……。貴様、図ったな——」
 クジラ型空母の様子がおかしい。今度こそ通信は完全に途切れた。しかしこのままやり過ごせるほどメトロポリタン星人は甘くない。かの軍隊は冷酷非道で知られている。船長は決断を迫られていた。が、
「船長! クジラ型空母は反対の4時の方向に急旋回しました!」
 どうやらミッドタウン星のサメ型空挺連隊をレーダーに捉えたようだ。二星間は数年来の戦闘状態にある。我々よりも優先順位が高いと判断したらしい。

 一方、クジラ型空母内。
 メトロポリタン星人は艦長を除いて殺されていた。
 司令室に立つのは、艦長一人と、自らの星を持たない“サード”たち。内部から組織を蝕み掌握する。秘密裡にクジラ型空母に侵入し、このことは誰も知らない、そして全宇宙船のうち6割がすでにサードに呑まれていることも……。
 ピー、ピー。
 サメ型空挺連隊のモニターが何者かによって切り替えられた。
 モニター越しに映るクジラ型空母艦長は画面の死角から銃口を向けられている。
 「私はクジラ型空母N01の艦長である。そなたらには2つの選択肢がある——」

 
 

ある犬と星の物語

沼崎 麻子

 

 一匹の犬が、故郷の星になぜか帰れないまま、宇宙を漂っていました。
 ある日、犬は女王の星と出会いました。女王と故郷の星の話をしているうちに、犬はどうせ帰れないなら、せめて故郷の近くの星を訪ねようと思いました。
 「女王様、月には女の人がいるんですよね? 人間が言っていました」
 しかし、月にあったのはでこぼこした岩肌だけでした。
 ああ、私は人間に騙されたのだ。犬は思い出しました。あの日私は狭いところに閉じ込められて、気が付いたらここに永遠に置き去りにされた。人間は月に女の人がいるなんて嘘をついてまで、地球から追い出したかったのだ。
 犬は、女王に怒りをぶつけました。
 人間はひどい生き物だ、あなたも女の人なんていない、と言ってくれなかった。あなたもやっぱり人間だ、と。
 女王はごめんなさいね、と涙を流しながら犬を抱きしめました。
 「生きるために他の生き物を傷つけるのが生き物ならば、それに加えて人の心と体を傷つける過ちを犯すのが人間なのかもしれません。人間は悲しい生き物です。ですが、人間は過ちを思いとどまることも、犯したことを償うこともできる生き物でもあるのですよ」
 そして女王は、かつて、ある過ちから争いを招いて、たくさんの人を傷つけたこと、その過ちを今も悔い、償っているのだと言いました。私は星であり、人間ですから、と。
 「ごめんなさい、女王様。私もあなたを傷つけてしまいましたね」
 女王は微笑んで、犬を撫でてくれました。犬はふと、飼い主が同じようにしてくれたことを思い出したのでした。
 その後、犬は故郷の星を見に行きました。故郷の星から、故郷の国の方から、争いの音が聞こえました。
 「女王様、人間は過ちを繰り返すのでしょうか」
 「そうね。でも、人間は……」
 「過ちを思いとどまることも、犯したことを償うこともできる生き物ですよね」
 「きっと、すぐに、争いはやみますよ。きっと……」
 一匹と一人は、故郷の青い星と、そこに住む悲しい生き物のために祈るのでした。

 
 

紫の星と永遠

徳岡 柚月

 

ずっと待っている。

あれからどれだけ時が過ぎたのか。
数えるのはとうの昔にやめた。
けれど、彼女が最期に植えた一粒の種は、いまやこの星全面に咲き誇る。

「〇〇一人じゃさみしいでしょ?」
そう言って、彼女はずっとお守りのように大切にしていたその種を植えた。

その種は、僕の故郷、地球で生まれたものだった。
月面農場計画のため宇宙に持ち出されたそれは、計画が頓挫し、局員たちが去ったあと、一粒だけ彼らの住居に落ちていた。
「紫の、星みたいな花が咲くんだ。」
そう教えると、彼女は
「いつか、〇〇と一緒に見てみたいな。」
と柔らかく笑った。

僕らが出会ったのは、その10年ほど前。
宇宙空間で散り散りになりかけていた僕を、彼女がつなぎ止めたのだ。

生まれながら難病を患っていた僕は、14歳のとき、死んだ。
「宇宙飛行士になりたい」、僕の到底叶わない夢を、それでも大切にしてくれた両親は、せめて、と僕の遺灰を宇宙に送った。

地球を周回する、僕の遺灰の入ったカプセル。
故障した衛星にぶつかり、砕け。
遺灰一片一片に分かれ、「僕」は宇宙に散らばるーー

「もー、またデブリ!」
なにかが分かれかけた「僕」らの行く手を遮った。
「あれ、生命体が入ってる?」
袋から出された僕が見たのは、一人の少女。
これが「宇宙掃除人」を名乗る彼女との出会い。

彼女は、遺灰に宿る僕を連れ、宇宙中を旅した。
銀河を渡り、沢山の星を見た。
彼女はその間、孤児であること、とある星人に拾われ、その仕事である宇宙掃除を手伝いだしたこと、もうその人は存在しないことなどをポツポツ話した。

ある日、彼女が病に倒れた。
出生地もわからない彼女を救う手立てはなかった。
衰弱していく彼女は、宝物の種を植えた。
「もしも、生まれ変われたら、絶対に〇〇に逢いに戻るわ」
最期の涙が種の上に落ちた。

「〇〇」
僕を覆うように咲く花の上から、声がした。
「ただいま」
見上げた僕の目に映るのは、彼女の笑顔、そして僕らの「永遠の愛」。

 
 

うちゅうひこうし

齊藤ゆずか

 

 「おれ昔、宇宙飛行士になりたかったんだよね」
 突然話を切り出した翔の視線の先には、水鉄砲ではしゃぐ小学生の集団がいる。工学部前の広場はキャンパスを貫く屋台行列と比べれば落ち着いているが、重低音のビートが遠くから聞こえる。「わくわくじっけんひろば」ののぼりが春風にはためく。
 翔はスマホの画面を僕に向けた。くしゃくしゃの色紙に、読みにくいひらがなで何かが書いてある。う、ち……うちゅうひこうしになりたい。
 「七夕の短冊よ、幼稚園の」
 僕と翔は近所に住んでいて、幼稚園と小学校が同じだった。大学で再会し、学部は違うが同じサークルに入ったことで話す機会が増えた。
 「卒園式の時さ、ステージの上で将来の夢を言ったの、覚えてる?」
翔は少し目を細めて言った。
 「あのときおれ、父親と目が合ってさ」
 翔の父親は和菓子職人だ。曾祖父の代から続く店の主となって以降、次々と新しい菓子を創作して話題になっているという。中でも葛饅頭は街のちょっとした名物である。
 「で思わず言っちゃったんだ、和菓子屋さんになるって」
 ふっ、と翔は鼻から小さく息を漏らした。笑いでもなくため息でもない。
 「言ってから、宇宙に行きたいって、結構本気だったなって気づいてさ。頭の中にあった宇宙が、ぽーんと遠くに飛んでっちゃった気がした」
 卒園式での発言は先生や親戚に褒めそやされたが、しかし父親は何も言わなかったそうだ。
 「ずっと試作してた葛饅頭ができたのはそのとき」
 あ、と思った。金箔入りの透き通った葛饅頭。名前は「宙」。
 「おれ職人にならなかったこと、ちょっと後悔してる」
 翔の頬は少しだけ赤い。
 「でもそれでよかったんだとも、ちょっと思ってる」
 ぷしゅ! 鋭い破裂音に振り向くと、ペットボトルロケットが青空へ飛び立っていた。軽い機体は風にあおられてすぐに下降していく。白衣の学生を取り巻く子どもたちは、それを最後まで目で追い、駆け寄っていった。

 
 

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